#621 『冷蔵庫から現われた老婆』
前夜のHさんの体験談、その二夜目。
――ある時期から、とある女性のお客さんが毎日来てくれるようになっていた。
それは三十代ぐらいのとても美しい人で、いつも千円の花束を購入し、帰って行くのだ。
ある日の事、その後ろ姿を見送りながら思わず、「しっかし綺麗な人だなぁ」と呟けば、隣にいた娘が、「誰の事?」と聞いて来る。
「あの人だよ」と、まだ窓ガラスの向こう側を歩いているその女性を指差せば、「あぁ、いつも来てくれているお婆ちゃん?」と聞き返して来る。
「いや、お婆ちゃんは無いだろう。俺からしたらまだ若い」と言うと、「いやいや、お父さんよりもずっと年上でしょう」と、やけに話が噛み合わないのだ。
それからもその女性は、毎日ウチの店に通い続けて来てくれていた。そしてある日の事、たまたま売り切れとなった花の補充をと裏の冷蔵庫へと向かえば、ドアを開けた瞬間その真ん前に一人の老婦人が立っていた。
婦人は丁寧に私に向かって頭を下げ、「お世話になりました」と告げる。瞬間、これは人ではないと気付き、慌てて店へと駆け戻る。するといつも来てくれている例の女性が、娘の作った花束を受け取っている瞬間だった。
「幽霊が出た」と言うタイミングを失った。女性が店から出て行くと同時に、娘が「綺麗な人だったなぁ」と呟くのを聞き、「だから言ったじゃん」と私は詰め寄る。
「誰の事?」、「あの人だよ」と、またしても話が噛み合わない。すると娘は、「なんか知らないけどあの人、祖母がお世話になりましたとか言って帰っちゃったよ」と言うのである。
しかもその女性、来週行われる葬儀の際、柩に納める仏花の注文までして行ったと言う。
色んな意味で話が符合した。今まで私が見ていた綺麗な女性とは、もしかしたら先程冷蔵庫の中で見掛けた老婦人の事ではなかったのか。そして今しがた店を出て行った女性は、その老婦人の孫かなにか、身内なのでは――と言う事で、娘と納得をした。
さてその葬儀の日。娘と一緒に大量の花を持って葬儀場へと向かえば、そこには確かに例の綺麗な女性はいたのだが、祭壇に置かれた遺影を見る限り、我々の知る老婦人とはまるで違う人なのであった。
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