#619 『突き当たりの小部屋』
それはきっと、私が物心付く前からの事だったと思う。
一階の廊下の突き当たりに部屋があり、その部屋の中にはいつも“誰か”がいる。
その誰かは部屋に入ってすぐの辺りの角から、いつも手か足か、身体のどこかの部分を突き出していた。
その部屋の先には洗面所と浴室があるので、いつも必ず数回はそこを通らなければならない。そして私はそこを通る度に、今日は手だ、足だと、横目で確認しながらその部屋の前を通り過ぎていた。
それは私が十歳ぐらいの頃だったと思う。ある日、いつも通りにその部屋の前へと差し掛かれば、その“誰か”は部屋の奥の角から顔を覗かせているではないか。
それは少女だった。しかもその当時の私とほぼ同じぐらいのように見える、そんな女の子であった。
私はそこで初めて、「誰?」と、その人に問い掛けた。するとその少女は私に向かってゆっくりと微笑む。そして私は気付いた。その目を細くして笑う表情は、私の祖母にそっくりだったからだ。
夜、食卓を囲みながら私はその少女の話をした。するとその少女の事はまるで誰もが「そんなものは知らない」と言わんばかりに、私の話を笑い飛ばすのだ。
「だって、ずっといたよ。あの笑い方、おばあちゃんにそっくりだったよ」
言った途端に、祖母の顔色が変わる。
「どこで見た?」と聞かれ、一階の廊下の突き当たりの部屋だと答えると、私はいきなり祖母から平手打ちを食らった。
泣きわめく私。食事半ばで出て行く祖母。両親はひたすら、「なんでそんな嘘を吐くんだ」と私に問う。
「嘘じゃないよ。いつもあの部屋で見ていたよ」
私の懸命な主張で、両親は一緒にその部屋を見に行ってくれる事になった。だが――部屋は無かった。廊下の突き当たりはただの壁で、そもそもそこには部屋どころかドアすらも無かったのだ。
「いや、あるな」と、壁を叩きながら父は言う。どうやらその壁一面を綺麗に建て替えているので気付かなかったのだが、確かにその向こう側には誰も知らない謎の空間があるのだと言う。
それから少して祖母は亡くなった。
数年後、近隣の火災の飛び火で我が家も全焼し、結局例の部屋は確認する事もなく燃えてしまった。
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