#613~614 『消えた兄夫婦』
宮城県在住のYさんと言う女性から、面白い体験談を聞く事が出来た。
今回はそのお話し。少々長いが、ご容赦願いたい。
――我が家は、同じ敷地内で総勢八人が暮らしている。
古くからある母屋の方は、祖父母と両親、そして私と姉の計六人。そして竹林を隔てた少し先の方に、叔父と叔母の住む新居がある。
元は叔父夫婦も私達と一緒に暮らしていたのだが、昔からある使われていない家を取り壊し、そこに新しい家を建てて住み始めたのだ。
最初は私も姉も、「羨ましい」と思い、何度もその家へと遊びに行ったのだが、行く度に何かの“違和感”を感じ、そして祖父母や両親の強い反対もあり、次第に足を運ばなくなってしまった。
そして祖父母達の言う反対の意見も、なかなかにして奇妙なものであった。
「恨み言ばぁ今もまだ継続してよる。近寄ったらあかん」――と言う、とても意味の分からないもの。ただその言葉のニュアンスから、あの家は誰かに恨まれていると言う事だけは理解が出来た。
そして事件は起こった。叔父と叔母の二人が、私達家族には何も告げずに失踪をしてしまったのである。
その事に気付いたのは姉だった。二階の姉の部屋の窓からは竹林越しに叔父の家が見えた。だが先日のある晩、叔父の家の窓から明かりが漏れていない事に気付き、その事を両親へと伝えた事に依る。
その時は、「どこかへ出掛けたんだろう」で終わったのだが、翌日も、そしてその翌日も家の明かりは点かない。さすがに変だろうと言う事で、祖父が一人で様子を見に行って来ると言い残し、家を出たのだ。
そして――祖父はそのまま戻って来なくなってしまった。
夜になった。祖父はまだ戻る気配が無い。叔父から渡された合鍵で中に侵入したはいいのだが、それっきり家の戸が開く事は無かった。
「電気が点かないのがおかしい」と、今度は両親が叔父の家に向かった。
なんとなく私と姉は嫌な予感がして、何度も「行かないで」と止めたのだが、両親は「お父さん連れて戻るだけだから」と、その家の中へと入って行ってしまったのだ。
だが、やはり家の照明は点かない。そして両親もまた戻って来る様子が無い。残された私と姉、そして祖母とで相談をした。とりあえず三人で家の前まで行き、中には入らず玄関口から声を掛けてみようと言う事となり、早速三人で家へと向かう。
「お父さん! お母さん!」と、開けた玄関からそう叫ぶ。するとすぐに応えは返った。
「あら、皆来たの? ちょうどいいわ上がってらっしゃい、今から屋上で鍋をやろうと思ってたの」と、二階の手摺り越しに母が訳の分からない事を言う。だが家の中は真っ暗で、その手摺りの向こうに誰かが立っているのは分かるのだが、それが母であると言う確証までは持てない。
二階の奥の方からは、「梨花、ちょっと手伝ってくれ」と姉を呼ぶ父の声がした。すると不思議な事に、あれほど怖がっていた姉は何も疑問に思わないのか、「分かった」と返事をし、即座に靴を脱いで玄関を上がって行ってしまったのだ。
「お姉ちゃん!」と、私は叫ぶ。だが姉は軽い足取りで階段を上り、暗闇に溶け込んで消えてしまった。
「一回、帰ろう」と、祖母は私の腕を引く。そして私も「分かった」と、玄関を閉めた。
母屋へと帰ると、祖母は「やっぱりあかんかった」と悔しそうに言い、私に手伝って欲しいと台所まで引っ張って行く。
持たされたのは塩の詰まった壺だった。祖母は、「ばあちゃんが全員連れて帰るから、お前は玄関でこれ持って待っとってくれ」と言うのだ。
「入っちゃ駄目だよ」と私は言うが、「待ってたら全員戻って来なくなる」と祖母は言う。
そしてその上で、「多分もうじいちゃんは無理だ」と、祖母は悲しげに言うのだ。
そして再び、私と祖母は叔父の家へと向かった。だがそこで予期せぬハプニングがあった。夜道でつまづいたか、前を歩く祖母の足がもつれ、それを助けようとした私は塩の入った壺を取り落とし、割ってしまったのだ。
「あぁ、もうあかん」と、祖母は頭を押さえて嘆く。すると家の庭が突如明るくなり、一台の車が乗り上げて来たのだ。
降りて来たのは、東京へと出て行った筈の兄の浩太郎だった。兄はすかさず私と祖母を見付け、「何やってんだ」と駆け寄って来る。
私は単刀直入に、叔父の家に皆が向かって、戻って来なくなった事を告げる。するとそれを聞いた兄は、「遅かったなぁ」と嘆き、「俺が全員連れ帰る」と言い出す。
「無理だよ」と私は止めるが、「大丈夫だから」と兄は笑い、既に対策して来ているからとまで言うのである。
兄は車を叔父の家の真正面に着けた。そしてハイビームで玄関先を照らし、臆す事も無く中へと踏み込んで行く。
やがて姉が兄に担がれ運び出され、続いて母、父の順番に助け出された。そして祖母の言う通り、祖父だけは遺体で運び出されたのだ。
三人は兄の車で町の病院へと運び込まれた。残された祖母は、「朝までじいちゃんと一緒にいる」と言い残し、その翌日には祖父と寄り添うにようにして冷たくなっていた。
病院から戻った兄にどうして大丈夫だったのかを聞けば、叔父から既に家の事情は聞いていたのだと言う。
「叔父さんに逢ったの?」と私が聞くと、「うん、東京で逢った」と兄は言い、スーツを脱いでその裏側を見せた兄は、「ちゃんと対策して来ただろう」と言うのだが、私にはまるで意味が分からなかった。
兄が言うには、叔父は家の権利書を兄に手渡し、「中には入らず、そのまま解体して欲しい」と頼んだそうなのだ。
理由を聞いたが叔父は語らず、妻の佳子さんが「やらかした」と言う事だけ話したと言う。
祖父母の葬儀は、私と兄の二人で行った。それから数日して両親が退院を果たし、姉だけはそのまま精神療養と言う名目で別の病院へと移されたらしい。
これは後で両親から聞いた話だが、叔父の家が建つ前にあった古い家は、元よりそこの土地に誰も入らないようにとされて建てられた家らしく、そこには最初から誰も住んでいなかったのだと言う。
だがしかし、何故その土地には入ってはいけないのかまでは、両親ですら教えられずにいたらしく、全ては謎のままであった。
結局兄はまた東京へと戻る事になったのだが、帰る間際に、「もう二度とあの家に人を入らせるな」と、厳しい顔で兄は私にそう告げた。なんでも兄はあの晩、スーツの内側に叔父から渡されたお札をびっしりと貼り付けて来たそうなのだが、家から戻って服を脱げば、それは既に全部、消し炭になっていたのだと言う。
叔父の家は今も尚、そこにある。そして出て行ってしまった叔父と叔母の行方は、未だ掴めていない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます