#609 『真夜中の峠道』

 箸休めとして、これはもう全く怪談ではないなと言うお話しを二話、連続でお届けしたい。

 怪談ではないのだが、体験者がとても怖い思いをした事は間違いの無い話である。

 さて、その一夜目。

 ――とんでもないクズ男に騙され、真夜中に山奥の峠道に連れ込まれた。

 空き地で停車し、襲われそうになった所で必死の抵抗をして車外へと飛び出た。当然そこから先は歩いて下山となる。

 街灯の類は一切無い。どころかガードレールさえ存在しておらず、目測誤って足を踏み外そうものならば、かなりの距離を転落するだろう予感のある崖の道。私はおっかなびっくりの足取りでのろのろと歩を進める。

 少し歩くと、つづら折りの道の下の方から車のヘッドライトらしきものが登って来るのが見えた。あぁ良かった、出来れば麓まで乗せてもらえればありがたいのだが――と思い待ち構えていると、やがて眼前に現われたその車は、ライトに照らされた私の姿を見付けて物凄い加速で過ぎ去って行くではないか。

「ちょっと待って――」と、言い終わらない内に、遙か後方から酷い衝突音が聞こえて来た。

 どうしよう、駆け付けて助けた方がいいのかなとも思ったのだが、私を助けてくれなかった人を助ける義理はないだろうと思い、そのまま又歩き始めた。

 しばらく歩くと、またしても下から来る車の灯り。私はその車に向かって手を挙げたのだが、またしてもその車は私の横を凄い勢いで通り過ぎて行く。

 酷い人達ばかりだわと思いながら歩き始め、少しするとまた後方から酷い衝突音。さっきから一体何が起こっているのだろうと疑問に思いながら、これはもう頑張って早く降りないと――と急いでいると、今度は少しだけ排気音の大きな車が数台、連なって登って来た。見ればそれは、いかにもな族車である。

 さすがにこれは私も怖い。たった一人でこんな山の中にいて、襲われないとも限らない。

 どこか隠れる場所はないかと辺りを見回すが、周囲はひたすら崖と大きな木々ばかり。仕方無く私は一番太そうな木を見付け、その背後へと隠れようとした。だが――

 改造を施したバイクが二台、先に上がって来る。だが、通り過ぎない。私のいるすぐ手前でバイクを停め、何やら話し合っている。

「誰かいるよな?」

「確かに……」と、声が聞こえる。あぁ、やはり見付かったと思ったのだが、何故か私の所まで近付いて来ない。

 やがて後続車がその場に集まり、「誰かいる」と言う声があちこちで重なった。

 次第に私の背中がぞわぞわとして来た。「誰かいる」の言葉に、とうとう私の恐怖の限界が来てしまったのだ。

「助けて!」と叫び、木の後ろから飛び出る。同時に上がる叫び声。

 バイクの人はバイクを置いて走って逃げるし、車の人は後続のバイクをなぎ倒して車をバックさせるし、崖の斜面を転がり落ちて行く人もいる。

 誰もが私の“背後”を見ていた。あぁやはり私の後ろに“何か”がいたのだ。

 恐怖のあまり、族車に体当たりするようにして助けを求める私。同時に悲鳴を上げて崖から転げ落ちて行く車。

 そこまで来てようやく私は気付いた。もしかして私、怖がられている?

 山を下り、麓の駅まで辿り着いたのは既に翌朝であった。

 それから少しして、その峠道で起こった怪異について、地元の新聞が取り上げているのを知った。

“木の上から襲いかかる首吊り遺体の女性の霊”

 そんな見出しがあった。

 あぁ、やはりあの峠は“出る”場所だったのだと、私はあらためて確信した。

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