#608 『先輩に憑く女』

 まだ僕が高校生の頃の話だ。

 よせばいいのに、友人数人とで近所にある廃屋へと忍び込んだ。そこはいわゆる“お化け屋敷”と呼ばれる家で、格好の肝試しスポットとなっている場所であった。

 行けばそこには先客がいた。見ればそれは同じ学校の先輩達で、声を掛ければ「お前らも来たのか」と先輩達は笑う。

 その中には、Sさんと言う先輩がいた。とてもこんな場所に来るようなタイプには見えない、大人しくていつも困った顔で笑っていると言うそんな人だった。

 僕らは、その家の中で一番怪異が起こりやすいと言われている部屋へと踏み込んだ。なんでも昔そこで首吊りをした女性がいたらしく、それが原因で人が住まなくなったのだと噂されている。

 果たしてその部屋には――何もいなかった。

 何も起こらなかったと言う話ではない。実はその頃の僕は僅かばかりだが“霊”と言う者の姿が見えていて、おぼろげながらにもその存在の有無ぐらいは判別出来ていたのだ。

 ここには何もいないなと思い、外へと出た。すると先に出て来ていた先輩達が、「先に行くぞ」と僕らに手を振り、帰る所であった。

 ――六人いた。一人ずつ数えたのでそれは間違いない。

「なぁ、先輩達、五人で来たって言わなかった?」聞けば友人のMは、「え? ちゃんと五人いるじゃん」と、その背中を見送りながらそう答えた。

 その言葉のやりとりの意味は、翌日に分かった。学校でばったりと出くわしたS先輩に、べったりと――いや、その身体の半分は先輩に埋もれているかのようにして、纏わり憑いている黒い服の女がいたのだ。

 それは酷い形相だった。目はまん丸に見える程に見開かれ、口からは長く舌が飛び出ており、しかもその舌を剥き出しの歯で噛み千切らん程に食いしばっていると言うそんな女性。

 咄嗟に僕は目を背けた。こう言う類とは目を合わせてはいけない事を知っていたからだ。

 そして僕は勘付いた。昨夜の家の中から拾って来てしまった女だろうと。

 それからと言うもの、S先輩の姿を見掛ける度に、「まだいる」と、その姿を確認する事が出来た。だが――

 それから五年後の事である。高校時代の友人のMから、結婚式の招待状が届いた。

 当然、僕は参加した。かなり大きな式にしたらしく、同学年の男女の多くが参加していた。

 そこに――S先輩の姿があった。他の先輩の姿はほとんど無かったのだが、何故かS先輩も出席されていたのだ。

 聞けばどうやら、新婦側からの招待だったらしい。なんでも勤め先が同じなのだと言う。

 どうでも良い事だが、もうS先輩には例の黒い女の姿は見当たらなかった。

 あぁ、祓われたんだなと安堵していると、新郎新婦の入場の段になって僕は驚く。例の黒い女性はそこにいた。しかも友人のMの奥さんとなる、新婦の腰の辺りに巻き付くようにしながら憑いて来ていたのだ。

「どうしてあそこに?」と、聞ける相手はどこにもいない。とりあえず一つだけ分かったのは、あの黒い女はS先輩から彼女へと乗り換えたのだと言う事だけ。

 やがて式が始まる。同じテーブルに着く見知らぬ女性達の声から、「あの子、出来ちゃった婚らしいじゃん」と言う噂話が聞こえて来た。

 僕の頭の中で“何か”がつながった。

 疑いたくはないのだが、新婦のお腹の中にいると言う子供は、果たして本当にMの子供なのだろうか……。

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