#607 『カラーコーン』
それはとある日曜の朝の事。
二日酔いの重い頭で顔を上げれば、部屋のど真ん中に赤いカラーコーンが一つ、置かれてあった。――そう、工事現場などで良く見掛ける、プラスチック製の三角帽子のようなバリケードだ。
全く意味が分からない。同時にそれを部屋に持ち込んだ記憶も無い。どうしたものかとそれを眺めながら熱い珈琲を啜る。
昨夜は友人のTと飲みに出掛けたのだが、覚えているのは二軒目まで。それ以降はどこに行って何時まで飲んでいたのかすらも分からない。
「なぁ、なんか俺の部屋、妙なもんあるんやけど」
電話を掛け、Tにその事を聞けば、「俺はやめとけって言ったぞ」と笑う。
Tが言うには、どうやら俺は相当に酩酊していたらしい。酷い醜態でまるで手に負えず、好きにしろと放っておいたとの事。きっとその延長で、このカラーコーンを拝借して来てしまったのだろう。
「これ、返したいんやけどなぁ」
言うとTは、「やめとけ」とそれを止める。「向こうも迷惑だから」と言うのだ。
意味が分からんぞとその意見を無視し、彼に具体的な工事現場の場所を聞く。そして俺はそのカラーコーンを大きめのバッグにしまい込み、夜を待ってから返しに向かった。
電車を乗り継ぎ、おそらくはここだろうと言う場所へと差し掛かれば、運の悪い事にそこは夜間の工事の現場だったのだ。
さすがにそれだと黙って置いて帰る訳には行かない。仕方無く俺はその現場の警備員に声を掛けるも、その警備委員は俺の顔を見るなり「何しに来たの?」と驚いた。
すぐに現場の責任者が呼ばれた。そしてやって来たその監督もまた、俺の顔を見て嫌な顔をするのだ。
「あの、これを返しに……」と、バッグを見せて話し掛けるも、「いや、持って帰って」とそれを制止する。
「なんで?」
「なんでじゃなく、持って来られても困るから」
と、言われたと同時に持っていたバッグが妙な震え方をして、思わず俺はそれを取り落とす。
結局、カラーコーンは受け取ってもらえず持ち帰りとなった。だがなんとなく、持って来た時よりも重く感じる。ついでに時々、中で暴れるように動くのだ。
開ける勇気は無い。俺は黙ってそのバッグごと道端に置き、手ぶらで家へと帰った。
深夜、その事をTに告げると、「捨てたのか?」と驚かれた。どころか、「足が付くようなバッグに入れてなかっただろうな?」と心配された。
「なんで? ただのカラーコーンやろう?」聞くがTは、「そう見えてるだけだろう」と言うのだ。
結局、カラーコーンが戻って来る事は無かったが、それっきりTとも疎遠になってしまった。
未だその件については、何も真相を知らないままである。
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