#604 『仏間までの足跡』

 まだ僕が中学生だった頃の話だ。

 町外れに一軒、廃屋が存在していた。

 田舎の事である。例えそこに廃屋があろうとも、子供が悪戯でそこに踏み込むような事は滅多に無い。なにしろその近隣全てが知り合いのような田舎なのだ、悪い事をすればあっと言う間に全員に知られてしまうのだから始末に負えない。

 だが、僕らはちょっと違った。当時の悪ガキ達とつるんで夜を待ち、夜中にこっそりと忍び込もうと言う話になった。

 さてその夜。零時を回り、その家へと向かう。集まった友人は計四人。多過ぎもせず、かと言って心細くもない人数である。

 玄関は当然のように鍵が掛かっていた。だがその家の窓の一カ所だけが割られている所があり、僕らはそこから忍び込んだ。

 中は思ったよりも整然としていた。要するに踏み荒らされてはいなかったのだ。

 以前に住んでいた人の事は知らないが、家の大きさやまだ取り残されている家具などを見る限り、それなりに裕福な家だったのだろうと想像が出来る。

 突然、友人の一人が小さな悲鳴を上げる。どうやらその友人は玄関先にいるらしい、僕ら全員がそちらへと向かうと、彼は懐中電灯でとある部屋の襖を照らしている。

「どうした?」聞けばその友人は、「誰かいた」と不安そうな声を上げる。

 そして今度はその友人、足下を照らす。見ればその明かりの中、うっすらと足跡が見えた。

 次に友人は背後を照らす。すると玄関には男の物だろう靴が一つ、揃えて置かれてあった。

 友人は最初に、その靴を見付けたと言う。そして今度はそこから上がったのだろう廊下に転々と続く足跡。そしてその足跡は先程照らしていた部屋の襖へと続いている。

「俺がそこを照らしたら、急にガタンって音がして襖が閉まったんだ」

 そして悲鳴を上げたらしい。

 誰か開けて確かめろよと言い合うが、誰もそんな度胸のある者はおらず、諦めて撤収する事になった。

「あれきっと、仏間だよな」と誰かが言う。それは皆が納得だった。見た感じの部屋の小ささからの推測である。

 さて後日、学校でその話をしていると、一つ上の先輩がそれに食いついて来た。

「俺らもそこ入ったぜ」と、先輩。そして先輩達も同じような体験をそこでしたらしい。

「ありゃあ絶対に誰かいるな」と先輩達は盛り上がり、今夜行ってみようと言う話になった。

 もちろん僕達はそれに乗る事はしなかったのだが。

 後日、先輩達はどうやら本当にあの家へと行ったらしい。そして例の部屋の襖を開けて中を見て来たのだと言う。

「仏間じゃなかった」と先輩。

 中は小さな和室で、部屋の隅に婚礼衣装だろう和服が綺麗なままで飾られていたと言う。

「あそこは危ねぇぞ」と先輩は真顔で言う。

 それは僕らも同感だった。あの家にはまだ、婚礼前の“誰か”が棲んでいるのだと思ったからだ。

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