#601 『おつとめ』
蔵にまつわる話を二話、連続でお送りしたいと思う。まずはその一話目。
――我が家には妙な風習がある。
内容までは知らない。ただ、祖父から父へ。そしていずれは父から僕へと渡る、引き継がれし風習だ。
どうやらそれは男子のみが受け継ぐものらしく、僕には姉が二人いるのだが、三人目にして僕が生まれた時には祖父も父も涙を流さんばかりに大喜びをしたらしい。
ちなみにその風習を、我が家では“おつとめ”と呼ぶ。父からも、「お前が大人になったら“おつとめ”する事になるぞ」とさんざ言い聞かされたものだった。
そしてその“おつとめ”は、どうやら家の裏手にある土蔵が関係しているらしい。時折、夜更けともなれば「“おつとめ”行って来る」と言い残し、父がその土蔵へと向かう姿を確認している。
さて、僕が小学校の六年へと進級した時の事。父が突然の脳卒中で倒れた。聞けば、死にはしないが当分は寝たきりになると言う。
当然、家の大黒柱が倒れたのだから誰もが困った。だがその事を一番嘆き悲しんだのは、“おつとめ”が行われなくなる懸念を持った祖父だった。
家中誰もが、「もう一回、爺ちゃんがやればいい」と主張したが、祖父は頑なに、「もう俺じゃあ無理だ」と言って譲らない。
そこで祖父は、「話があるから俺の所に来い」と、僕を呼び付けた。何事かと思い祖父の部屋へと向かえば、祖父は「少々早いが、今日からお前が“おつとめ”をしろ」と言うのだ。
僕が「やり方を知らん」と返せば、「風呂に入り身を清め、それで裏の蔵へと行けばいい」とだけ言う。
「そこに何がある? 何をすればいい?」尚も祖父へと問い詰めるが、祖父はその内容ともなれば固く口を閉ざして何も言わない。仕方無く僕は祖父の言う通り、風呂へと入って身体を洗い、夜を待った。
「“おつとめ”行って来ます」と、母と姉二人に告げる。すると三人は、「私達も行く」と言い出す。
「女人禁制だって言ってたじゃん」と僕が返せば、「いや、なんか怪しい」と言って、三人は譲らない。仕方無く僕は、母と姉二人を連れて土蔵へと向かった。
重い扉を開ける。すると中にはもう一枚、扉があった。母と姉二人は、「そこで様子を見てる」と言って、扉の陰に姿を隠す。
僕がその扉を開ければ、まず最初に祭壇があり、その奥には簾(すだれ)の降りた一角があり、驚く事にその簾の奥には“誰か”がいた。
「おめぇは誰じゃ」と聞かれ、僕はしどろもどろに名前を答えた。するとその声の主は、「浩次郎の子か?」と、父の名を挙げる。
「そうです」と答えると、その声の主はくっくと笑う。かなり嗄れた声だったが、どうやらそれは女性らしい。そしてその声は、「服をそこで全て脱いでこちらへ来い」と言うではないか。
「どうして?」と僕が問えば、「“おつとめ”じゃ」と、その女は笑う。すると突然背後の戸が開き、「行かんでいい!」と、母と姉が僕の手を引いて蔵から逃げ出したのだ。
それには祖父が、あらん限りの剣幕で怒った。この家がこの代で途絶えても良いのかと。
すると今度は母と姉二人が怒鳴り返した。何もかも潰れちまえこのドスケベ爺ぃと罵られ、祖父はその剣幕に押されて引っ込んだ。
後日、蔵には重い南京錠が掛けられた後、その扉であった部分をコンクリートで塗り固められ、二度と出入りが出来ないようになった。
やがて父の様態が戻り家へと帰って来たのだが、何故か妙に家族から冷たくあしらわれていた。
結局祖父の懸念は当たらず、家はそれからも安泰なまま続いている。
ちなみに蔵の方は、あれから数年の後に女性陣の指示で取り壊され、既に空き地となっている。
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