#590 『春雷』
つい先日の出来事だ。
明け方、やけに外で吠える犬がうるさく、嫌な気分で目が覚めた。
朝食を取っていると、妻が起き出して来て、「今日はやけに早いね」と言う。
そこで私が犬の吠え声について話すと、妻はそんな声は聞こえなかったと返して来る。
いやそんな筈はない。近所迷惑なほどにうるさかったと話すが、どうしても妻は、「そんなの聞いてない」と言うのである。
その日の昼、近所の桜が満開だと言う噂を聞く。その日は仕事もあまりなく、定時で帰れる算段だった。そこで私はカメラを持って、隣の町まで夜桜を見に行こうと思ったのだ。
そこは多摩川沿いの土手で、かなり長い距離で桜の木々が植わっている。私はそこに三脚を立て、長時間露光で桜を撮って回った。
――と、突然空が明るく光る。そして数秒を置き、雷鳴が轟いた。
こりゃあ来るなと思い、私はすぐにカメラと三脚をしまって車へと急いだ。
ドアを閉める。同じタイミングで大粒の雨が落ちて来る。間に合ったと思いながらワイパーを操作し車を走らせるのだが、いくらも走らない内に、背後から犬の吠え声が聞こえて来た。
――バウワウ――ワンワンワンワン――と、まるで私が乗る車に威嚇でもするかのように。
犬の吠え声は、私が家に着くまでずっと付いて来た。もちろんバックミラーにそれらしき姿は見当たらない。
家に着き、先程撮った写真をパソコンで見返して見る。その中に一枚、気になる写真があった。
確かにその場には誰もいなかった筈なのだが……。
外ではまた、犬が激しく騒ぎ出す。樋を伝う雨水が、ゴボゴボと音をさせるぐらいの大雨だと言うのに。
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