#580 『異界エレベーター』

 作家仲間であるRさんの体験談、一応これが最終話。

 これは私自身がRさんから聞いたエピソードの中で、とびきり不可思議かつ面白かったお話しである。

 先に言っておくが、このお話しはネットで溢れ返っている“異界行きのエレベーター”とは全く違うカテゴリのものである。期待された方には申し訳ない。

 ――週末、私は夫と二人で近所のショッピングセンターへと出向いた。

 そこは私自身も良く行く場所で、一階がスーパーマーケット。二階が家電量販店。そして三階と屋上が大型駐車場となっている、そんな店だった。

 その日、夫は屋上に車を停めた。二人でエレベーターに向かえば、そこには若いお兄さんが二人、同じくエレベーターが来るのを待っていた。

 やがて階数表示が屋上となり、目の前でゆっくりとドアが開く。乗り込んで下へと向かうが、今度は三階で家族らしき親子の三人が乗り込んで来た。

 計、七人。その人数で階下へと向かう。そして表示が二階となり、エレベーターのドアが開いた。

 その場にいた全員が、声を失う気配があった。二階は家電量販店への直結の出入り口の筈であり、開くと同時に賑やかなBGMと共に、白く明るい店内が現われる予定であった。だが今、目の前に広がるのはどこぞの屋内駐車場であり、階上の駐車場とは似ても似つかない光景が広がっていたのだ。

 薄暗く、殺風景な打ちっぱなしのコンクリート壁。そこに並ぶレトロな車。見ればその向こうの金網から覗ける景色もやけに古めかしく、同時に我々の立っているであろう高さまでもがおかしい。三階から降りれば当然二階の筈なのだが、そこから眺める眼下の景色はどう見ても五階か六階ぐらいの高さにしか感じられないのである。

 そこに、向こうから来る家族連れと出くわした。その服装も髪型もまさに昭和レトロの雰囲気そのままで、旦那は背広に七三分け。奥さんはワンピースにパーマ頭。そして二人が連れている男の子は、蝶ネクタイに白タイツ。そして半ズボンと言ういでたちなのである。

 私達はエレベーターのドアを挟んで向かい合った。我々も驚いたが、向こうはもっと驚いた表情であった。

 長い時間を経て、ドアがするすると閉まる。そして再び降下が始まる。

 次に開いたドアの向こうは、いつも通りのスーパーマーケットの様子。

 首を傾げて降りる家族連れ。私達夫婦も降りようとしたのだが、一緒に乗った若いお兄さん二人が、「もう一回見に行こう」と言い出したので、何故か私達もそれに付き合う事になった。

 果たして――辿り着いた二階は、いつも通りの家電量販店。おかしな部分はどこにも見当たらない。

 若者二人は、先に降りた家族と同じく首を傾げながらその階で降りた。

「何だったの、今の?」と、隣に立つ夫が話し掛けて来た。

 やはり、あの謎の階は乗り合わせた誰もが体験した現象だったのだ。


 後日譚となってしまうが、この文を書くに当たってあらためてRさんとこの件で打ち合わせをしたのだが、何故かその文章の全てがお互いの手元から消えてしまうと言う些細な事件があった事をここに留めておこうと思う。

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