#579 『秒針』

 少し前に登場した、作家仲間であるRさんのお話し。

 ――夕刻、家族の帰宅に合わせて料理を作っていた時、ふと目を上げて壁に掛かったアナログの時計を見れば午後の七時を指している。

 その時計は陶器製のもので、ガラスカバーの無いとてもシンプルなものである。

 さて、時間的にはまだ間に合う。急ぎながらも時間に急かされている気がして、もう一度その時計を見直した。

 何故か今度は秒針が見えない。長針と短針ははっきりと見えるのに、不思議に秒針だけが目に入って来ないのだ。

 どうしたのだろうと近付く。同時に私は手にした鍋を取り落としそうになる。

 見えない筈だ。秒針は文字盤に対して九十度の角度で立ち上がり、真っ直ぐに私の方向を指していたからである。

 その間、部屋に来た者はいない。どころか家には私一人しかいない。その時計の秒針は、そんな状況の中、僅か数分の間でひん曲がったのである。

 私は黙って針を手で戻し、何事も無かったかのようにして料理の続きをした。だがそれから数日後には、再び同じ事が起こった。

 それは前のとほぼ同時刻。気が付けばまたしても秒針が私を指して折れ曲がっている。

 私は今度はそれ直さず放置した。そうしてまた数分の後、時計を見れば、折れた筈の秒針が更に折れ曲がっており、それはさながら蚊の足のように見えた。


 さて、Rさんの身の回りに起こる怪奇現象はとりとめもなく、とても“人の推理力”では追い付かないほどの現象ばかりなのだが、前にも書いた通り、私自身がその現象を文字にすると、突然“お土産”をもらってしまうのである。

 したがって、彼女にまつわるエピソードは“第三者を介したワンクッション”か、“なんとなく大丈夫そうだぞ”的な話に限定されてしまう。

 可能であればそのエピソードも時折書いて行きたいとは思っているのだが、流石に皆さんの安全性を考慮するとすれば、なかなかそうも行かないのである。

 次回、Rさんのお話しの最終話。とりあえずここで一旦の区切りとしたい。

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