#578 『証明写真機』
深夜にほど近い時刻の事だ。高校時代の友人であるTから連絡が来て、今から逢えるかと聞かれたのだ。
落ち合う場所は高校時代から変わらず、いつも同じ場所だ。とあるスーパーマーケットの裏手の空き地がそうである。
そこには従業員が休憩するスペースであり、ベンチもあればいくつかの自動販売機も置いてある。なにしろ過疎の田舎なのだから、深夜に開いている店は全く無い。従って夜に集まる場所は常にこんな所になるのだ。
積もる話は山ほどあった。僕もTも就職組であり、会社や上司の愚痴は全く尽きる事が無い。
お互い二本目のホット珈琲のタブを開け、近況を語り合っていた時だ。
「おい、あれ……」と、Tが指をさす。さした先はスーパーの裏手の廊下で、隣のレストランへと繋がる場所である。
大きなガラス窓越しに店内が見える。中は真っ暗なのだが、ぼんやりと各種設備の小さなランプがあちこちに灯っており、完全な暗闇ではない。
そこに一台、証明写真が撮れる機械が置かれてあった。Tが何を言わんとしているのかが分かった。その証明写真機に“誰か”が入っているのだ。
閉じられたカーテンの隙間から光が漏れ出している。下を見ればそのカーテンの下から女性のものとおぼしき靴と足首が覗ける。
「何でこんな時間に?」と、二人の声が重なる。同時にカーテンが開き、中から人が出て来た。それは室内灯を背負ったシルエットでしかないのだが、それでもやはりその人影が女性だと言う事ぐらいは分かる。
証明写真機の室内灯が消える。少々消えるのが早過ぎないかとも思った。再びその廊下は真っ暗になる。
女性はおそらく現像される写真をその暗がりで待っているのだろう。だがそれを客観的に見ている僕とTは心配でたまらない。
思わず僕達はガラス窓に近寄り、貼り付くようにして中を覗き込む。だが外の明かりが窓に反射をしていて、上手く内側が見えないのだ。
「いるか?」と、Tが聞く。「いいや」と僕が答えると同時に、ふと店内のあちこちにある小さなランプの明かり全てが消えてしまったのだ。
「うわぁぁぁぁぁ――」と、突然Tが素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び退る。
「どうした?」聞けばTは一瞬逃げだそうと身構え、そして今度は僕の元へと駆け寄り腕を取って逃げ出した。
「何があった?」一呼吸置いてそう聞けば、Tは「明日教える」と言って帰ってしまう。
そして後日、Tから呼び出されて例のスーパーマーケットへと出向いた。
「あの時、例の女がガラス窓に貼り付いていたんだよ」と、Tは言う。しかもそれはガラスに貼り付く僕と同じような姿勢で、向こう側から僕の顔を覗き込んでいたと言う。
それを聞いて納得はした。あの瞬間、全ての照明が消えたように思えたのは、向こう側から覗く女性の顔が光を遮ったからなのだろう。
僕とTは例の証明写真機の前に立つ。見ればその機械の受け取り口には、現像された写真のシートが一枚、吐き出されていた。
「どうする?」聞かれて僕は首を横に振る。見たくはなかったし、見てはいけないような気がしたのだ。
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