#575 『白い足』

 雑踏の繁華街で、スマートフォンを拾った。

 それはいかにも女性のものだろうピンク色のケースで、歩いている途中で落としたかのように、道路脇に落ちていたのである。

 拾ったはいいがどうしようかと迷っていると、突然にそのスマートフォンはけたたましい震えと共に電子音を奏で始めた。見ればそのモニターには、“カナエ”と表示されている。

 少しだけためらった後、通話を押す。すると女性らしき声で、「すいません、そのスマホ拾ってくれた方ですよね?」と聞こえて来た。

 どうやら相手はそのスマートフォンの持ち主の友人らしい。今から一緒にそちらへ向かうので、どこにいてどんな服装なのかを訊ねられ、俺は素直に答えた。

「そこなら十五分ぐらいで行けます。待ってていただけますか?」

 快く承諾して通話を切る。そうしてその彼女達を待とうとはしたのだが、ついつい出来心でそのスマートフォンが開かないかを試してしまったのだ。

 だが――持ち主は全くロックを掛けておらず、それは何の苦労も無く開いた。俺の出来心は更にヒートアップし、「これの持ち主ってどんな女なんだろう」と言う好奇心で、思わず写真のフォルダーを開いてしまった。

 ずらっと、女性の顔写真が現れた。そしてきっとこれが持ち主だろうと思われる自撮り写真も多く見付かった。

「へぇ、結構可愛いじゃん」言いながら次々と写真をめくって行く。そうしてめくって行く内に、とある事に気が付いた。

 持ち主は自撮り写真の時は常に斜め上から撮る癖があるらしく、どの写真も見上げる視線で写っている。当然その背景は床になるのだが、五枚ほどを見ると必ずその内の一枚には、裸足の白く細い子供の足が写っているのである。

 それは股下からのものばかりで、地面が床だろうが土の上だろうがいつも裸足のまま、その持ち主の背後でひっそりと写っている。果たしてこれは、持ち主とどんな関係の子なのだろうと想像するが、何故かその足は艶めかしい上にどこか不気味で、ろくな想像にならない。

 俺は次々に写真をめくる。写真はどんどん古いものになって行く筈なのだが、何故かその白い足が出て来る頻度は高くなり、最終的にはどの写真にも写り込んでいた。

「なにこれ……気味悪い」と、呟いた時だった。下げた視線の端の方で、俺の斜め後ろ辺りに立つ白い子供の足の存在に気付く。

「何これ」と口を押さえると、目の前に誰かが立った気配があった。

「あの……すみません」と、先程スマートフォンから聞こえたのと同じ声の女性と、持ち主だろう自撮り写真で見た実物の女性とがそこに立っていた。

「あっ、すいません。これ、あなたのですよね?」と、誤魔化しながらそれを差し出せば、「えぇ、こちらは私のです」と、その女性は丁寧なお礼を言ってそれを受け取った。

“こちらは”と言う言葉に少しだけ違和感を覚えたが、数日もすればその意味がはっきりと分かるようになった。

 もはや見間違う事も無い。写真どころか鏡にもガラスにも、俺の背後には白い子供の足が写り込むようになってしまったのだ。

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