#572 『アフリカの面』

 Rさんにまつわるお話し四夜目。一旦、今夜で一区切りをしたい。

 まだこの件について、このみっどないとだでぃでは大きく触れてはいないのだが、Rさんにまつわるエピソードはどれも、怪談と言うよりは“異次元世界”にカテゴライズされるものだと思う。

 その場に無かったものが突然に現れたり、今の今まで目の前にあったものが忽然と消え、二度と出て来なかったりと、現象は様々だが、どれも共通する部分としては、“彼女の周囲にはもう一つのパラレルワールドが存在するのでは?”と言う説。

 本日はその世界に巻き込まれそうになった、筆者自身の体験談である。

 ――ある時、彼女の身にまつわる一連の出来事について意見を交換し合う事があった。

 そして私が、記録として全てのエピソードをまとめたいと申し出た際、彼女から猛反発を食らった。書くのは構わないのだが、今尚現在進行形で進んでいる出来事を文字で綴る。それ自体が凄くタブーめいた事だし、何より奇々怪々オンパレードなあなたがそれをした場合、もっと複雑な事になるのではないかと言う意見で諭された。

 その時の私は、「大丈夫、大丈夫」と、とても楽観的だったのだが、そのメッセージを送った直後に怪異が起きた。

 日中の事だ。私は職場で黙々と仕事をこなしていた。

 そこでちょっとした用事が出来て持ち場を離れ、同僚と少しだけ話をして再び戻る。その時だった――

 腰が抜けそうになった。戻った席の真ん前にある窓に、“お面”があった。

 それは白地に黒のまだらが入ったお面。まるでアフリカの宗教的な儀式にでも使うかのようなデフォルメ感のある、無表情でのっぺりとしたお面である。それが何かに吊されている訳でもなく、モザイク模様の窓ガラスに貼り付くようにしてそこにあったのだ。

 誰かの悪戯だと、その瞬間は思った。そしてその面を剥がそうと手を伸ばすが、剥がれない。まるでしっかりとガラスに糊付けされているような、もしくは人の顔に貼られて取れて来ないかのような。

 すぐに私は取って返す。誰だよこの悪戯と、皆の前で言い掛けてやめる。

 誰でもないのだ。いや、誰にもそんな真似は出来ないのだ。なにしろ私の席は袋小路となった一番奥で、そこに来るには細い通路を歩いて来なければならない。

 持ち場を離れた時には、面は無かった。そしてその通路の途中で人と会話をし、戻っただけなのである。つまりは、私の頭上を飛び越えて行かない限り、誰も私のいた場所に辿り着けはしないのである。

 嫌な目に合った。思いながらその日の仕事を終えて車に乗り込む。

 エンジンを掛ける。同時に車内にアラームが鳴り響く。見れば車載モニターに、シートベルトの不着用を知らせるマークが出ている。

 ハイハイ、閉めますよとシートベルトに手を伸ばすが、締めてもアラームは鳴り止まない。

 何事だと思いモニターを見る。そこに表示されていたのは、助手席側のシートベルトの不着用を知らせるものだった。

 言うまでもないが、隣には誰もいない。

 私がRさんの体験談を書きたいと思いながら、五百話を越えるまでそれをためらっていたのはそう言う理由である。

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