#571 『ざりがに』
作家仲間のRさんとはインターネットを通じてそれなりに長い付き合いなのだが、時折彼女の家で起きる“パラレルワールドの住人”的な怪異を聞く事がある。
今回はその代表的な話とも言うべき、“ざりがに”の話をしたい。
Rさんには息子が一人いる。その息子が成人を果たしたある日、こんな事を語った。
――とても怖い夢を見た。詳細は覚えていないが、家を出てどこかへと行き、そして帰り道が分からなくなった。
陽が暮れて、なんとか家へと帰り着いたが、自宅だと思って踏み込んだ家には全く見覚えの無い家族。だがその人達は僕の事を全く不審がらずに、「お帰り」と迎えてくれる。
皆、僕の家族ではない。だがそこでそんな指摘をしたら大変な事になりそうで、そのまま家族の振りをし続けた。
その内、きっと帰れる。絶対にいつか帰れる。そう思いながら僕は長い年月を過ごした――と言うもの。
「それでどうなったの?」とRさんが息子に聞けば、「今もまだ夢から覚めていない」と彼は言う。どうやら息子は、今もまだ本当の自分の家には帰れていないらしい。
時々息子は、「ウチってザリガニいたよね?」と聞く事がある。
Rさんはもちろん、家族の誰もがそんな事実は無いと反論するが、息子の話は「餌は僕がやってた」から始まり、箪笥の上の水槽で飼ってただの、二匹いただの、名前を付けただの、皆で脱皮をする所も見たと、とても話がとても詳細で、嘘だと片付けるには少々気が引けると言う。
「確かに水槽は箪笥の上にあった」と、長女は話す。だが飼っていたのは金魚であり、ザリガニはただの一度も飼った事が無かったと言う。そして誰もが息子の勘違いと結論付け、その話は忘れ去られた。
それから数年の後。Rさんが洗面台の掃除をしていると、奥から埃まみれの小さな小袋を見付けた。
“ザリガニの餌”と、その袋には書かれてあった。
Rさんは驚愕した。記憶は息子の方が正しかったのだ。ならば何故、他の家族にはその時の記憶が無いのだろう。単に記憶力だけならば、長女の方がよほど強いのに。
そう言えば――と、Rさんは思う。もしかしたら彼の言う、「まだ本当の家には帰れていない」は真実で、ここにあるザリガニの餌の袋は、その証拠ではないのだろうかと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます