#570 『人魂(じんこん)』

 敢えて「ひとだま」とは呼ばず、「じんこん」と発したい。

 本日は作家仲間のRさんのお母さんが体験した話と、Rさんの親戚筋の叔父の話をお届けする。

 ――これは昭和の初期の時代。Rさんのお母さんは子供の時、岡山に住んでいたそうだ。

 当時はまだ結核と言う病気が当たり前だった頃である。それ専門の病院の裏手を歩いていると、お母さんとその友人の頭上がパッと明るくなり、見上げればそこの病棟の屋上部分が妙な明かりで照らされている。

 お母さん曰くそれはまるで太陽のような明るさで、一体なんだろうと思っていると、光源はゆっくりと移動を始め、一瞬にして消え去ったのだと言う。

 それは友人も確かに見ていた。その証拠にお母さんとその友人は家に着くまでその件を一切口にせず、ただ黙々と早足で家路を急ぎ、それ以降も全くその出来事には触れて来なかったらしい。

 もう一つは同じくお母さんが子供だった頃。縁側に座って祖母が切ってくれた西瓜を囓っていた。するとその裏庭の向こうの生け垣に、バレーボールほどの大きさの光の球が現れた。

 光は白色から黄色に、そして橙へと変化しながら、長い尾を引くようにしてしばらくその周囲を浮遊していた。

 その内、庭を横切り母屋の庇の辺りで弾けるようにして消える。その間僅か十五秒程。

「あれが人魂じゃ。どこかで誰か死んだんじゃなぁ。ええか、この事は誰にも言っちゃいけんぞ」と、お母さんに対して祖母は怖い声で言う。

「どうして?」

 聞けば祖母は、「こう言う深い事は、口に出して賑やかに騒いでいい事じゃないけぇ」と答えた。

 そしてお母さんは、Rさんにその話をするまで、頑なに祖母の言い付けを守って来たのだと言う。

 最後にRさんの叔父から聞いた人魂の話。

 叔父はある夏の夜、寄合いの飲みで深酒をし、酩酊しながら家路を辿った。

 途中、酷い尿意で近くにあった電柱に向かって放尿を始める。途端、目の前にある電柱と塀の間を“ごうごう しゅうしゅう”と、妙な音を立てながら、炎の光球が横切って行った。

 叔父はまだ用を足している最中。逃げようにも、出るものが出ている間は動けるものではない。そうして小用が終わりファスナーを上げ、完全に準備が整った所で、「人魂じゃあ!」と叫んで帰ったそうである。

 後日、熱を出して寝込んだ叔父に向かって、「酒のせいで幻見たんだろう」と奥さんは笑ったが、叔父は「見たもんは見た」と、それを突っぱねたと言う。

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