#569 『除夜』

 やけに雪の多い大晦日だった。

 深夜の零時。さぁ年越しだと思った瞬間、突然に鳴り響く鐘の音。

「除夜の鐘だ」と、夫や娘達が呆然と話す声が聞こえる。いや、除夜の鐘である事は間違いないのだろうが、不可解なのはこの鐘の音がどこから聞こえて来ているのかと言う部分。なにしろ自宅の周囲――それこそ鐘の音が聞こえて来そうな距離には鐘撞きが出来るであろう神社仏閣は一つも無い筈なのだ。

 ごぉぉぉぉぉ――ん

 鐘は、まるで家のすぐ隣で鳴っているかのように、軽い地響きを伴ってやって来る。

「ちょっとどこで鳴っているのか見て来る」と、娘が上着を着込んで準備を始める。もちろん娘一人で行かせる訳には行かないので、私も一緒に出掛ける準備を始めた。

 雪は、家の前の道路にも降り積もっていた。私と娘はその音を頼りに近所の公園を目指した。

 音は未だ鳴り止まず、屋外で聞くその轟音は地面を伝って腹の底にまで届いていた。

 公園に着くと、音は間違いなくこの一画で鳴っていると言う事に気付く。そして更に絞り込めば、それは公園の少し高台にある雑木林の中のようであり、それは普段息子がサッカーの練習に使っている遊び場な筈。

 ごぉぉぉぉぉ――ん

 雑木林へと分け入る。そして確実に音の鳴る方向へと向かっているのは分かるのだが、どうしても私の脳内は、そちら側に存在するであろう神社仏閣の類を否定しているのである。

 この林を抜ければ新興の住宅街で、どの記憶にも鐘が突ける場所は無い。――と、そこで私は気付く。雪が降り積もり、普段以上に音が吸収される筈の静寂の木々の中、あちらこちらから人の囁く声や歩く音。子供のざわめき、大人の談笑。そんな印象のはっきりと形にならない音が私達二人を取り囲むようにして聞こえて来たのだ。

 これはもう“現世(うつしよ)”のものではない、と――気付いたその瞬間。

 ごぉぉぉぉぉ――ん

 鐘は、私と娘の真上。それこそ手を伸ばせば届くであろう辺りで、鼓膜さえも破れそうな勢いで打ち鳴らされたのだ。

 娘の身体を抱えるようにして私は走った。そうして命からがら家へと帰り着き、夫からの「どこから鳴っていた?」と言う問いにさえも答えられないまま、居間の床へと突っ伏した。

 そして私は気付く。いつの間にかその鐘の音は聞こえなくなっており、今しがたまで家族全員で聞いていたあの音は、まるで幻聴のようであったと。

 そう語るのは、私の作家仲間のRさん。本日より数夜に渡り、彼女の体験した不思議な出来事をご紹介したいと思う。

 まずはその一夜目。筆者が個人的に一番好きな、彼女の語るエピソードである。

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