#568 『櫛と煙管』
ある晩、奇妙な夢を見た。それは家の裏手にある倉の夢だった。
僕は誰かに導かれながら倉の重い扉を開け、埃っぽい荷物を掻き分け、奥の方から続く二階への階段を上がって行く。
僕よりも少し前を歩くその“誰か”は、迷う事無く無造作に積まれた箱の一つを指差し、開けるように指示をする。
中からは、漆塗りの“櫛(くし)”が出て来た。綺麗な模様の付いた、女物の赤い櫛だ。
夢から覚め、僕は先程の夢を反芻する。あれは一体、何を暗示しているのだろうと。
試しに僕は親父から倉の鍵を借り、夢と同じ場所へと行ってみようと思った。
だが行ってみて驚いた。僕は今までただの一度も入った事が無かったと言うのに、その倉の内部が夢の内容とそっくりで、迷う事なく二階へと辿り着けたのだ。
夢で見たのは確かにあの箱だと見当を付け、古めかしい木箱の蓋を開ける。
中からは骨董品のような“煙管(きせる)”が出て来た。さすがにここまでは正夢にはならなかったなと思いつつ、思う事あってその煙管を家に持ち帰る。
すると祖母がそれを見付け、それは生前、祖父が愛用していたものだと感激しながら涙ぐんだ。
それから二日後、祖母は夜の間に逝ってしまったらしい。翌朝、祖父の煙管を胸に抱きながら冷たくなっていたのだ。
葬儀の際には、祖父の煙管も一緒に柩へと納めた。
それから一月ほど経ち、祖母の部屋を片付けている際、姿見の引き出しの奥の方から桐の箱にしまわれた赤い女物の櫛が見付かった。
それは僕が見た夢の中に出て来た櫛そっくりで、今も我が家の仏壇の中にひっそりと置かれている。
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