#567 『誘導する人』

 深夜の事だった。峠を越えた下り坂。街灯は一切無い林道。頼りになるのは微かな明かりを前方に投げ掛けるこの自転車のライトのみ。

 隣県など行くものではなかったなと後悔しながら緩い坂を下っていると、前方に明るい場所が見えて来た。

 近付けばそれは工事の標識と誘導の看板で、どうやら道は僅かな区間だけ片側通行となっているらしい。ほんの数メートル程度の工事区間に簡素なバリケードが張られ、警備員のおじさんらしき人が所在なげに赤色灯の棒を振っている。

「大変ですね」と、私はそのおじさんのいる手前で自転車を停め、声を掛けた。だがそのおじさんは何の返事もせず、軽く会釈をして“停止”の合図で私を引き留める。

 カシャーン、カシャーンと、バリケードの方から妙な音が聞こえる。もしかしたらその中で誰かが作業でもしているのだろうか。だがその手前の照明が明るすぎて何も見えない。

「朝まで続くんですか?」尚も聞くが、やはりおじさんは何も答えず頷くだけ。

 見れば向こうから来る対向車の姿は無い。だがおじさん警備員は棒を横にしたままそこを通してくれない。

 カシャーン、カシャーン―― 静寂の山道に、無機質な機械音だけが響く。

 疲れたなぁ、さすがにもう眠いなぁなどと思い、大きな欠伸をする。

 見るが向こうから来る車の灯りは無い。だが依然、警備員のおじさんは棒を横にしての、“待て”の合図で私を引き留める。

「ねぇ、向こうからは車来てないですよね? 通っちゃだめなんですか?」

 少々苛立ちを交えてそう聞いた。だがやはりおじさん警備員は無言で頷くだけ。私は我慢の限界を感じ、強くペダルを踏み込むと、そのおじさんの横をすり抜けようとする。

「危ないですよ」と、そこでようやくおじさんの声。

「だって車来てないじゃないですか」と私。

「通ります」と頑なに言い、そこを通過する。

 瞬間、何か背後に違和感を覚えて私は咄嗟に振り返る。そして急ブレーキで自転車を停めた。

 カシャーン、カシャーン――

 警備員のおじさんなど、どこにもいなかった。

 バリケードが囲んでいたのは巨大な落石。

 音を立てていたのは、赤色灯の棒を振る機械仕掛けの人形であった。

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