#566 『見知らぬ動画』
「実は、どう考えてもおかしな動画がありましてね」と、語ってくれたのは、東京のK市に住む四十代の男性、Nさんである。
私は実際にその動画を見せてもらった。内容的には特に大した事の無い、Nさん自身と友人の男性が一緒に歩いているだけの動画だ。
二人がどこかの通りの歩道をあるいていて、スマホを操作しよそ見をしていたNさんが、向こうから来る通行人に危うくぶつかりそうになり、「あ、すいません」と頭を下げ、通り過ぎる。ただそれだけの動画なのである。
撮影者はきっと車に乗っているのだろう、Nさんが通り過ぎた後にスモークを貼った窓がせり上がって来て視界を塞ぐ。そして車が走り出して映像は終わる。
「これのどこがおかしいんですか?」と私が聞けば、「これ、誰が撮ったものか分からないんです」とNさんは言う。
Nさん自身はその時、動画を撮っていた事実は無いし、何よりその映像の中にNさんがスマホをいじっているシーンがあるのだ。間違いなくNさんの手による映像ではない。
同時にそれはNさんの友人のでも無い事が明らかになっている。なにしろその時、少し前に立ち寄った店に友人がスマホを置き忘れて来て、それでNさんが電話で連絡を取りつつそこへと向かっている最中だったのである。
では、Nさんを知る第三者が送って来た動画かと思えば、それも違うと言う。
その時、同行しているのはそこに写る友人一人だけで、しかも場所は遠く離れた北海道。そこで二人と共通する知人と逢うとは考えにくい。
「もしかしてと思って、メールやLINEなど全てを調べてみたのですが、誰からもそれらしきデータが送られて来てはいませんでした」と、Nさんは言う。
更には、「気が付いたら、スマホの中にこのデータがあったんです」と言うのである。
「当時のこのシーンの事は覚えておりますか?」聞けばNさんははっきりと、「はい」と頷いた。
「友人もこの時の事は覚えているし、話に食い違いはありません。向こうから来る人とぶつかりそうになり、謝った。確かにそんな場面はあったんです」
じゃあ一体誰が――と言った時点で、「おかしいのは実はそこじゃないんですよ」と、Nさんは真剣な顔で言う。
「ここ、どこかの歩道ですよね。実はこれ、海沿いの道なんです」と、Nさんは一枚の写真を見せてくれた。それは確かに映像と同じ場所に見える。
「これ、ガードレール越えて海側から撮っているんですよね」
ガードレールより先は絶壁で、高さも相当だったと言う。
映像をもう一度見せてもらう。Nさんが立ち去った後、窓が閉まって車が走り出し、そして映像は終わるのだ。
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