#565 『呪い絵馬』
「またありましたよ」と、禰宜を勤める年若いK君は、急いで私の所へとやって来た。
私は世襲で継いだこの神社の神職である。私がK君の後を付いて行ってみれば、確かに絵馬をぶら下げる場所の一画に、わざと人の目に留まろうとでもするかのような人の目の位置で、「ウエダタカユキ お前を一生許さない」と書かれた絵馬がぶら下がっていた。
昔からどこの神社にも、恨み言や呪い言を書いた絵馬の一つや二つはあるものだが、最近になってこの“ウエダタカユキ”と言う名前の恨み言が書かれた絵馬が、続出するようになったのだ。
筆跡からして、同一人物のものだろうと推測出来る。だがそれが誰なのかまでは分からない。なにしろこの神社は全国的にも有名で、参拝客は平日でもかなり多いのである。
「どうしますか?」と聞かれ、「夜になったら外しておいて」と、私は答える。とりあえずその時点までは、まだその程度の対応で済んでいたのだ。
それから数日後、またしても深刻な顔で私を呼びに来たK君に付いて行ってみれば、そこには今までの恨み言を遙かに超えた内容で、「ウエダタカユキ この手で○してやりたい」と、物騒な表現の絵馬が飾られていた。
さすがにこれはその場で取り下げた。神聖な神社で、そんなものをぶら下げてはおけないのである。
だがその呪いの絵馬は全く治まる様子も無く、二日に一度ぐらいの割合で見付かり、しかもその書かれた内容がどんどん過激になって行くのだ。
「ウエダタカユキ 惨い事故に遭って欲しい」
「ウエダタカユキ 一生半身不随で苦しんで欲しい」――みたいな内容である。
だがそれでもまだ、恨みつらみの内容でしかない。しかし次第にその内容は、個人を特定出来てしまうようなものに取り代わって行く。
「ウエダタカユキが××の店にいた 呑気に酒を飲んでいた ○してやりたい」
「××の理髪店でウエダタカユキを見付けた カミソリで耳か鼻 削ぎ落とされてしまえばいい」
ある時、K君がいつものように私の所へと飛んで来て、「犯人いました!」と呼びに来るのだ。
行ってみれば社務所の事務員達が一人の女性を取り囲み、感情的な言い争いになっている。そこに私が割って入れば、確かにその女性の手には、“ウエダタカユキ”を中傷する内容の絵馬が握られていた。
女性は自らを、“シライシサキ”と名乗った。
我々はそのシライシさんに絵馬の理由を聞くが答えない。こちらも大ごとにするつもりは無いので、神社はそう言う真似をする場所ではないと厳重注意をし、連絡先を聞いて帰したのだが、シライシさんが置いて行ったその絵馬には、決定的な“ウエダタカユキ”の個人情報が書かれていた。
私達は心配になって、そのウエダタカユキと言う人を調べ、忠告しようと試みた。
実際、ウエダタカユキと言う人の身元は割れた。だが残念な事に、その本人と連絡は取る事が出来なかった。何故ならばもうそのウエダタカユキさんはこの世の人ではなく、五年前に既に他界している人だったのである。
ならば例のシライシさんは、故人を中傷していたに過ぎない。ならばもう一度その本人に問い質してみようと連絡を取れば、出た電話はそのシライシさんの家族で、当の本人であるサキさんもまた、五年前に他界している人だったのだ。
シライシ家を訪ね、サキさんの生前の写真を見せてもらったが、それは神社に来て呪いの絵馬を飾っていた人とは別人だった。
そうしてその件は有耶無耶のまま終わりとなるのだが、偶然にもウエダタカユキ氏と、シライシサキさんの亡くなった日が一緒である事が判明した。
だが別に、二人は心中をした訳ではない。死因も場所も全く違う、全く繋がりの無い死だったのである。
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