#562 『モトカレ』

 母が再婚した。どうでも良い事なのだが、連れて来た新しい父親は母よりも十歳も若く、ほとんど私と母の中間ぐらいの年齢の人だった。

 同時に私の名字が変わった。何もかも不愉快かつ喜べない事ばかりで、私はその父親の事を下の名前で、「シンゴさん」と呼ぶ事にした。

 それとほぼ同時に、私の身に妙な事が起きた。夜一人で部屋にいると、いつの間にかその部屋の中に元彼である好哉の姿があるのだ。

 好哉は二年前、私が中学三年の頃に他界した昔の恋人だった。しかもその好哉の姿は全く当時のもので、高校生の私からしたらまるで子供のようでもあった。

 好哉は何もせず、部屋の隅辺りに座り私を見て微笑むだけ。そして私はそんな彼を怖いとも思わず、同じように微笑みを返しそこにいる事を許した。

 それまでは母と私の二人きりの生活だったものが、急に倍の人数となった。シンゴさんは私の顔を見る度に何かと話し掛けて来るのだが、どうにも私には性が合わず、いつも適当な返事をして自室に引きこもるばかり。

 部屋には相変わらず好哉が出るのだが、何となく好哉が私を守ってくれているような気がして、そこにいると不思議と心が安まるのだった。

 ある日、私はちょっとした変化に気が付いた。父親であるシンゴさんの私を見る時の目が、違っているように見えたのだ。

 シンゴさんは何かと私に話し掛けるようになり、時には母に聞こえないように、「食事に行こう」とか、「何か買ってあげるよ」と、外に連れ出したがるようになっていた。

 同時に好哉は夜だけではなく日中も姿を現わすようになった。いつしか好哉は家を離れて私に付いて回るようになり、いよいよ私の守り神のようだとまで感じるようになった。

 ある時、学校の帰りに見覚えのある車が路肩に停まっているのが見えた。その横を通り掛かると、想像通りそれはシンゴさんの車で、彼は芝居掛かった笑顔で窓を開け、「向かえに来たよ」と私に言うのだ。

 同時に好哉が私の背後に隠れた。“何かある”と感じた私は頑なに車へと乗り込むのを拒み、その晩は友人の家へと向かい、家へは帰らなかった。

 翌日、少々気は引けたが、私は母にシンゴさんの行動を全て話した。すると母はまるでショックを受ける様子も無く、「あなたに懐いて欲しいんじゃないの」と笑うだけ。

 これはもう自分の身は自分で守るしかないなと思った矢先だった。「今日はパパ、帰って来ないらしいから」と、晩ご飯の席で母が言う。

 ならば今夜は安心して眠れるぞと自室へと引き上げると、部屋にいた好哉は身振り手振りで押し入れを開けて欲しいと訴える。私は何の疑いも無くその襖を開ければ、何故かその内側は漆黒のような暗さで、好哉はまるでそこに私を連れ込もうとでもするかのように手を取って引っ張るのである。

「ちょっと、やめて!」たまらず私が叫ぶと、突然部屋のドアを開けてシンゴさんが飛び込んで来て、凄い勢いで私の手を振り払い、押し入れの中へと好哉を放り込むと、襖を閉めてその上のお札(ふだ)を貼り付けた。

 翌日、ほぼ強制的に私は神社へと連れて行かれ、お祓いを受ける事となった。

 神主さん曰く、「ずっと成仏出来ず、あなたに憑いてましたね」と言う。結局私はそれまで好哉がずっと憑いていた事も知らず、シンゴさんが家に来た事で視えるようになったらしいと教えられた。

「きっと彼、祓われる前に君を連れて行こうと焦ったんだろうね」と、シンゴさんは笑う。

 そして母もまた、「妙な虫付けてたわね」と私を笑った。どうやらそれまで好哉に気付いてなかったのは私だけだったらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る