#553 『ホタル』
友人達と泊まり掛けのキャンプへと出掛けた。
総勢八人。その中には付き合って間もない私の彼氏もいた。
着いて早々、テントを張り、火を起こし、酒盛りが始まった。普段はあまり飲む事の無い私も、軽いカクテル系の缶をもらって皆に付き合う。
しばらくして次第に陽が翳り始める頃、ふと私の目の前を何かが横切った。
――ホタルだ。思ってそれを目で追った。
そして驚く。テントを張ったその背後はかなり広大な草原なのだが、そこに無数のホタルがいたのだ。
凄い――と、感動しながら私はその草原に向かって歩き始める。だが、少しして“何かおかしい”と気付く。
依然、私の目の前を横切って行ったホタルが、まるで私をいざなうかのようにしてふわふわと浮遊している。そして私はそれを追いながら、その違和感に気付いた。
飛んでいるホタルが、その一匹以外にいないのだ。他のホタルは全て草原の草の中に隠れ、息をするかのように瞬いているだけ。私がその草むらを掻き分けても、飛ぼうとしないのである。
ふと、怖くなって後ろを振り返った。何故か友人達のいるテントが、かなり遠くに見えた。
有り得ないと思った。確かにホタルに釣られて歩きはしたが、それはほんの数歩だけの筈。なのに私と友人達との間は相当に離れてしまっている。
戻らなきゃ――思いはしたが、何故か私はいざなうようにして飛んでいる一匹のホタルの方に関心があったのだ。
何歩か進み、そして背後を振り返り、戻らなきゃ――戻らなきゃと思いつつも、やはりホタルの方へと吸い寄せられる。
そうして何度かホタルの方へと進んだ辺りで突然、「引き返さないともう戻れない」と、強烈なイメージが頭の中に浮かび上がった。
咄嗟に振り返り、早足でテントの方へと向かう。すると何故かやけに足に草が絡み付き、今までずっと草むらで眠っていた大勢のホタルが一斉に飛び上がり、私の進行の邪魔をする。
掻き分け、掻き分け、私は進む。さっきまで夜になりかけていた筈の空が、一面真っ赤な夕暮れ時に逆行していた。
歩いても歩いてもテントに近づけない。彼氏の名前を呼んでも返事は来ない。
あぁ、やはり手遅れだったなと私は気付く。見上げれば無数のホタルの群れ。私はきっとここで死ぬんだと覚悟を決めたその瞬間、名前を呼ばれてその方向へと向いた。
それは友人の一人だった。手に懐中電灯を持ちながら、暗い草原の中で私を見つめ、驚いた顔をしている。
「ここにいたよ!」と、その友人が叫ぶと、あちこちから友人達が集まって来た。次第に空が明るくなって行く。気が付けばもう既に朝だったのだ。
一番最後になって、彼氏がやって来た。何故かその表情は険しく、私に近付かないようにして離れて立っている。
どうやら私は一晩中、姿をくらませていたらしい。
彼氏とはその後、すぐに別れる事となった。
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