#552 『一階しか使われていないパチンコ店』
年号が昭和から平成へと変わった頃のお話しである。
東京江戸川区のとある繁華街に、あまり人の入らないパチンコ店があった。
開店当初は朝から長蛇の列だった。店は一階と二階があり、二階の方はスロットマシン専門のフロアであった。
だがいつしかその人気も途絶え、徐々に客が減り、やがてその二階は封鎖された上に開いている一階のフロアも客はまばらとなってしまっていた。
その不人気の理由については色々と囁かれはしていたのだが、どれもこじつけのようなものばかりで真相は明らかではなかった。
ある日の事、その不人気のパチンコ店に新しい台が入った。僕はそれを打ちたくて滅多に入らないその店へと出向いた。
その日ばかりはそこそこの客の入りだった。僕はなんとか目当ての台を確保出来、しばらくはその台で遊んでいた。
だが打ち始めて少しして、突然の腹痛に見舞われる。慌ててトイレへと駆け込むと、運悪く個室は全て塞がっている。
「従業員用のでもいいからトイレ貸して」とスタッフに訴えるも、「そんなの無いですよ」と言われ、「二階のトイレなら空いてると思いますが」と、天井を指差された。
カラーコーンのバリケードをまたぎ、停止したままのエスカレーターを登る。
上のフロアは、非常灯の明かりばかりが目立つ暗い場所だった。だが何故か稼働していない筈のスロット台にまで灯りが入っており、それがやけに寂しく見えた。
なんとかトイレに間に合い用を済ますと、僕は再び暗い二階のフロアへと出る。そこで僕は、トイレからは程遠い向こう側のシマのとある台で、誰かがスロットを遊戯しているのを見付けた。
どうやらその台はちょうどフィーバーが来たらしく、派手な音を轟かせている。点滅する台の灯りがぼんやりとそこに座っている人の顔を照らし出す。なんとなくだが、五十代ほどのオッサンだなと感じた。
階下に降りて先程の従業員に礼を言う。ついでに、「上の階って、電気消してるだけでまだ稼働してるんだ?」と聞けば、従業員は少しだけ考え込む表情を浮かべ、「何か見ました?」と聞き返して来る。
その声に反応したか、他の従業員が二人ほど集まって来る。そこで僕は、「スロット打ってる人がいたよ」と話せば、全員がうんざりしたような顔となる。
「あっ、オーナー? また二階のトラブルです。至急来ていただけますか?」
一人がそんな電話を掛け始める。もう一人は肩に掛かった無線機で、「二階の捜索行ける人、階段下まで集まって」と語り掛け、さらにもう一人はカウンターの奥へとすっ飛んで行ってしまった。
「えっ、僕なんかおかしな事言っちゃった?」
聞けば従業員の男性は、「気にしないでください」と手を振り、率先して二階へと上がって行ってしまう。そして少し遅れての悲鳴が聞こえる。
果たして、その悲鳴が店内のBGMを切り裂きその耳元まで聞こえたか、台を打っている客達がレバーから手を離してそっと天井を仰ぐ姿があちこちに見受けられた。
店を出て行く客に混じって僕も退出した。
やがて間もなくその店は潰れたが、「出る店」としての噂が聞こえるようになったのはその後からだ。
但し、何がどう「出る」のかの詳細までは、聞こえて来る事は無かった。
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