#550 『来る』
これは、この“みっどないとだでぃ”の管理人、筆者の娘の体験談である。
――高校を卒業後、とある地方へと移り住んだ同級生の男子がいる。しばらく疎遠だったのだが、私が怪談系の活動をしていると何かの伝手で知ったらしく、「協力したい」と連絡が来たのだ。
一路、新幹線へと乗って彼の家へと向かう。彼曰く、夜に終電で来てくれとの事。仕方無く私は近隣に宿を借り、夜を待って宿を出た。
彼の住む家は、相当な築年数の日本家屋だった。確かに何か出そうな雰囲気ではあるが、彼曰く、「場所はここじゃない」のだと言う。
通されたのはその家の裏手にある小屋のような場所だった。彼はその小屋の前に立ち、「録音するものは持って来たか?」と確かめる。そしてそれを改めた後、「ここからは極力、音を立てないでくれ」と言うのである。特に会話は厳禁らしい。
「静かにしないと、“来る”から」
意味も分からず彼の後を付いて、小屋の中へと入る。彼自身も音を立てまいと、靴音すらも静かなものだった。
小屋の真ん中には、小さなテーブルと、それを挟んだソファーが二つ。私と彼は向かい合わせにそれに座った。
彼はランタンに火を灯す。光源はたったそれだけ。後は窓から差し込む田舎ならではの満天の星空の明かりのみ。辺りは耳が痛い程の静寂しか存在していなかった。
彼は、「録音を開始してくれ」と指で合図する。私が録音ボタンを押し込むと、彼はワインのコルクをポンと引き抜き、「ここからは何も喋るな」と、囁くような小声でそう言った。
私達は、昔話を楽しむ事もなくワインのグラスを傾ける。
長い長い夜だった。ともすれば眠気が襲って来そうな雰囲気だと言うのに、何故か肌はピリピリと敏感に何かを感じ取り、今ここで何かが起きていると言う実感は確かにあった。
やがて長い時間を越えて白々と夜が明け始める。窓の向こうは山の稜線が見えるまでになって来た。
気が付けば私は魔方陣のような場所に座らされていた事に気付く。大きな陣の真ん中に、椅子とテーブルが置かれているような場所だった。
結局彼は、何も種明かしをしないまま私を駅まで送ってくれた。
再び宿へと戻り、録音を確かめると、確かにそこには怪異があった。
ポンと言う音の後、「ここからは何も喋るな」と言う彼の声。しばらくするとその後には静かな人の呟きのような会話が始まる。
それは全く内容が聞き取れない程の微かな会話で、明瞭な単語は何一つとして出て来ない。
時折、何かを嗅ぐような鼻の音が聞こえた。
それはまるで、私の体臭を嗅ぎ分けているかのような近さがあった。
突然、「誰かいる」と、女の人だろう声が混じった。続いて、少しだけ間を置いて大勢の人の笑い声。
きっと私は、あの夜のパーティの主賓だったのだろうなと、そこで気が付く。
その夜以降、彼との連絡は途絶えたままになっている。
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