#547 『家に向かう』

 前夜に引き続き、“飛び出し坊や”の看板にまつわるもう一つのお話しを。

 ――高校になってからの友人に、Sと言う女の子がいる。同じ趣味を共有しているおかげでとても仲良くなり、放課後は自転車に乗って彼女の家まで行く事がかなり多くなった。

 さてそのSの家に向かう道すがら、一軒、不思議な家があった。特に何の変哲もない家なのだが、その家の玄関の真ん前に、飛び出し坊やの看板が置かれているのだ。

 それが私にはとても邪魔そうに見え、あれでは出入りがとても不自由だろうし、何より開けたドアにぶつかるのではないかと心配になる。

 だが、所詮は他人の家である。そんな心配など、向こうにしてみれば大きなお世話だろう。

 ある時、Sの家で何となくその家の話題となった。「ねぇ、ここに来る途中に、玄関先に飛び出し坊やの――」と言い掛けた辺りで、「えっ、そっちの道通って来てるの?」と、Sはその事に驚く。

「気持ち悪いでしょう? あの近くに住む人ならともかく、ちょっと家が離れている人ならその道通らないよ」と、S。

「どうして? 別に何も無いじゃない」と私が言えば、「あれ見て平気なんだ」と、Sは苦笑する。

「あの家の前で、親子二人が亡くなってるんだよ。おかげでその家の人達はおろか、その隣近所の人達も気味悪がって出て行っちゃったし」

 Sの語る言葉の意味は理解出来るが、何をどう聞いても、私が知っているあの家の風景とはまるで相違点が無い。

「ねぇ、あの飛び出し坊やの看板が立っている家の事だよね?」

「そうだよ、他にそんな家無いでしょう」

 話せば話す程、Sと私の認識に差異が生じて行く。そしてとうとう最後には、「いいよ、帰りにそこまで一緒に行ってあげる」とSは言うのだ。

 結局、暗くなってからでは怖いと言うので、すぐに二人で家を出た。そして問題の場所まで来て、私は驚きのあまり何も言い出せなくなってしまっていた。

 飛び出し坊やが置かれている家は、ブロック塀が完全に破壊された上に庭先の木々がなぎ倒され、居間であろう場所までもが崩れ落ちていた。

 Sが言うには、スマートフォンを操作しながら運転していたトラック運転手の不注意による事故だったらしい。

 気が付けば目の前を子供が横断していた。そしてそれを避けてハンドルを切るが、急停止する事も叶わずブロック塀を破壊し、庭先を通って家の中へと突っ込んだ。

 不運なのはその塀の横を通っていた親子連れだ。二人は完全に即死だったと言う。

 家は、人が入れないように簡素なロープが渡されていた。

 そして例の飛び出し坊やの看板は、確かにそこにあった。

 但しそれは私の記憶とは違い、看板は外には向かず、家の玄関の方を向いて走っているような構図になっていた。

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