#545 『噂のビデオテープ』
昭和五十年代の頃の話である。
当時はまだビデオデッキと言うものがそれほど普及もしておらず、レンタルビデオなる店も多くはなかった時代。我が高校で、奇妙なビデオが存在すると言う噂が立った。
内容の詳細についてはあれこれとは聞こえて来ないのだが、とにかく奇妙なものであると言う。
当然、オカルトが大好きな僕はその噂の出所を探し求めたのだが、三年のS先輩がダビングしたものを持っていると言う所までしか行き着けず、僕は多いに落胆した。
S先輩と言えば校内でも屈指の怖い人で、トラブルやら武勇伝の絶えない存在である。しかも僕はまだ一年生であり、二年の先輩と話すだけでも怖いぐらいなのだから、三年と言えばもう既に違う世界の人なのである。
そうして一度はそのビデオを諦めた。だが時間が経つにつれてそのコピーがあちこちに出回ったのだろう、同級生の筒井君がその内の一本を譲り受けたと聞いた。
再びその興味が再燃する。すぐに筒井君の元へと走り、見たいと申し出ると、今週末に家で鑑賞会をするから来いと言ってくれたのだ。
さて、その週末。集まったのは全員違うクラスの同級ばかり。全員で夜食のカップラーメンを啜りつつ、そのビデオを再生させる。
内容は――訳が分からなかった。どれも全てテレビの番組を適当な箇所で録画したものばかりで、旅番組や歌番組、昼に放送されている人気のバラエティや、ニュース等が、細切れ状態となって適当に繋げられていた。
「なんだこれ」が、見ている者達の共通の感想だった。それは僕もまた同じで、集中して眺めていたのは僅か十分程度。後はただその画面を視界の隅で収めている程度で、他の連中と同じくいつしか雑談組の一人となっていた。
夜半頃、帰る人が続出した。僕は既に友人宅に泊まると言って来た為、筒井君の家で雑魚寝を決め込んだ。
真夜中、まだ必死になって例のビデオを見ている有志達をぼんやりと確認しながら僕は眠りに就いた。
――目が覚める。窓から差し込む薄暗い光で、朝だと分かる。
テレビは既に消えていた。だがそこには徹夜で例のビデオを鑑賞したのだろう友人達が、顔を覆いながらまだそこにいた。
「なんか分かった?」と聞けば、「うん」とも「いいえ」とも付かない曖昧な返事で、「これやるよ」と、筒井君はそのビデオを僕に渡したのだ。
「一体何があった?」と言う問いには、誰も何も答えない。仕方無く僕はそれを持って家へと帰る。但し一つだけ、「何度も見れば分かる」とだけは、家から帰る直前に教わった。
それから数日後、僕は自分の部屋で例のビデオを一人で見る事にした。
怖くはなかった。実際、怖いと感じる箇所はどこにもなかった事を知っているからだ。
それはとても苦痛で、飽き飽きとする時間となった。一本が約四十八分。それを全て見て、巻き戻してもう一度見る。そんな事を繰り返しながら、いつしか部屋で寝落ちした。
ふと目が覚める。時刻は深夜の三時を回っている。
自動で巻き戻る機能を持ったデッキは、例のビデオをまだ再生し続けていた。
ふと、疑問が湧き上がる。「――こんなシーン、あったっけ?」と。
気が付けば、どのシーンにも同じ現象があらわれていた。巻き戻しても、飛ばしても、全ての映像にその変化は現れていた。
確かに奇妙なものだったと確信し、僕はそのビデオを停止させた。
どの映像、どの場面も、何故か登場する人全てが、モニターの方を向いていた。
最後に僕が見たのは、昼の某バラエティの場面のワンシーン。司会が面白い事を言っているのだが、客席にいる人々は全てその司会の逆側を向き、無表情のままテレビの画面に映り込んでいたのだ。
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