#543 『足が重くなる』

 友人達と三人で、秋の山へと登った時の事。

 その日の夜のキャンプ地までもう間もなくと言った辺りで、急に僕の足が重くなった。

 いや、重いと言った程度のものではない。片足を地面から離して前へと繰り出すと言う、たったそれだけの動作が酷く困難になってしまったのだ。

 僕だけが完全に前へと進めなくなった。友人二人はそれを見かねて、「今日はここで野営しよう」と言ってくれた。

 少しひらけた場所を見付けテントを張る。晩飯の支度を始める頃には、何故か両足の具合も良くなって来た。

「すまない」と詫びるも、友人二人は、「いいって」と笑う。そうしてその晩は他に何事も無く就寝となった。

 ――真夜中の事。外で友人二人が会話をしている声が聞こえた。何故か少しだけ怒気をはらんでいるような声だった。

 おいおい、喧嘩するなよ。そう思いながらもやけに僕の意識は重く、二人を止める間もなく再び眠りに落ちてしまった。

 翌朝、僕はテントから這い出て驚いた。既に友人達のテントはどこにも無く、僕一人だけがその場所に置いて行かれていたのだ。

 まだ外は薄暗く、辺りも朝霧に包まれている。そんな時刻だと言うのに、二人はもういないのである。

 僕もまたテントを畳むが、行き先をどうしようかと悩んだ。なにしろ二人が頂上へと向かったのか、それとも何かの理由で下山したのか、それすらも分からないからだ。

 それでも、今日の午後には頂上へと辿り着ける算段はあった。ならば上へと向かうかと荷物を持って登り始めると、またしても僕の両足がずっしりと重くなる。

 少し休めばまた元に戻るのだが、やはり上へと向かおうとすると足が重くなってしまうのだ。

 そうして僕は登るのを諦めた。渋々と下山を始めると、今度は足は調子がいい。下りは何事も無いまま、すんなりと麓まで辿り着けたのだ。

 地元へと帰り、数日後。一緒に山へと登った友人の一人から連絡が来た。

「何で勝手な行動ばかり取るんだよ!」と、憤慨した電話の声だった。

 彼はかなり怒っていたのでなかなか話の要領を得なかったのだが、どうやら彼は、僕が二人を置いてどこかへと消えてしまった事を怒っているらしい。

 その後、僕は二人と会って話をした。驚く事に僕はあの晩、真夜中に起き出して「出発する」と言い出しのだと言う。その時、二人は僕のわがままに怒って声を荒げた。それが僕が真夜中に聞いた声なのだろう。

 そして僕はかなりの急ぎ足で山を登り、二人を振り切って消えてしまったと言う。

 二人はその後、更に一泊をして僕を探したのだが見付からず、諦めて下山をしたらしい。

「それ本当に僕だった?」

 聞けば友人二人は顔を見合わせ、「暗かったから顔は見ていない」と、困った顔でそう告げた。

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