#542 『真っ白な台所』
玄関先で出迎えてくれた女性に、私は手土産のケーキを渡した。
Uさんはリビングにいた。そして私はそのUさんの正面へと座る。
「もしかしたらただの勘違いで、全然怪異とかとは違うかも知れないんですけどね」と、先に断りを入れてから、Uさんはその話を語り出してくれたのだ。
――真夜中、何かの拍子で目が覚めた。
寝室の開けっぱなしのドアから、うっすらと廊下に漏れ出る灯りが見える。
あれ、どこかの部屋の電気消し忘れたかな。そう思いながら、トイレに立つついでに消して来ようと思ったのだ。
照明はどうやらリビングの方らしい。行ってみると確かに明るいのだが――
「なんだこれ」と、思わず呟いてしまった。明るいのはリビングに隣接するキッチンの方で、そこの灯りがリビングを照らしているだけ。だがしかし、そのキッチンの中の光たるや異常なほどで、見ればもはやキッチン内部のものなど何一つ判別が出来ないほどに、真っ白な光で溢れかえっているのだ。
こりゃあ電気を消すどころの話じゃないな。思い、諦めてトイレ経由で寝室へと戻った。
そうしてまた布団の上で転がり、再びうとうととして来た頃だ。リビングの方から、パタパタと誰かが歩いて来る足音が聞こえた。
その“誰か”は寝室の前で立ち止まり、「失礼しました」と一言いってまた戻って行く。さすがに僕もそれには慌てて身を起こし、「誰?」と、その後を追った。
キッチンの灯りはまだ点いている。だが、僕がそこへと到着すると同時に、全てが消えた。
おそるおそる照明を点ける。だがはやり、キッチンにもリビングにも誰もいない――
「寝ぼけていただけな気もするんですけどねぇ」と、Uさんは苦笑いしながら、目の前のケーキを頬張る。
私は思わず、「奥さんか、息子さんの悪戯だったのでは?」と聞いたのだが、Uさんは笑いながら、「見ての通りの独身貴族ですよ」と言う。
「えっ、でも……」と、私は思わず指を差す。今まさに、キッチンからリビングを通り過ぎて出て行こうとする、男の子の手を引く女性の姿がそこにあったからだ。
バタンと音を立てて、リビングのドアが閉まる。Uさんはそこでようやく気が付き、後ろを振り返り、「あぁ」と声を漏らして頭を抱えた。
気のせいにしたかったのだろう。私は今しがたその女性が出してくれたお茶と手土産のケーキに、手を出す勇気は無かった。
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