#541 『通りモノ』
梅雨の時期だった。
昼で学校が終わり、家へと帰る。二階にある姉と共用の自室へと籠もり、家族が誰もいないのを良い事に、かなりの大音量で音楽を流す。
ふと、やけに部屋が暗いなと気付く。見れば既に外は真っ暗で、遙か遠くの空には稲光のような瞬きがあった。
そろそろ降り出すな――と思った瞬間だった。急に、「何か来る」と感じたのだ。雨や雷の類ではない、別の“何か”がこの家に向かってやって来る。そんな強烈な感覚があった。
私は急いで玄関へと向かい、施錠する。そして家中の窓を確認しつつ、照明を点けて回る。何故か暗闇がとても嫌だったのである。
そうして仏間へと向かった時だ。一瞬、目映い白い光に包まれ、一呼吸置いて轟音がやって来た。同時に激しく窓を打つ雨音。今しがたまで二階から聞こえていた音楽は止み、そして家中の照明は暗くなったまま点こうとしない。
「来た」と思った。恐る恐る仏間から這い出ると、玄関のガラス戸にはどこから来たのか大勢の人の影が見える。
私は急いで階段を上り、部屋のドアを閉めると、椅子でつっかい棒をした。
どうしようどうしよう、お姉ちゃん早く帰って来て。そう心の中で念じていると、またしても窓から飛び込む稲光。その光と轟音はほぼ同じで、すぐ近くに落ちた事を確信させる。
瞬間、「入って来た」と思った。感覚的には閉まった扉をすり抜けるような感じで、大勢の“人”がこの家の中へと入り込んで来た予感があった。
そこに突然、「真依子―!」と、私を呼ぶ声。慌てて窓に近付いて見れば、外には傘もささずにずぶ濡れとなりながら二階を見上げる姉の姿。私が慌てて窓を開ければ、「何してんの、はよう降りて来いや!」と姉は叫んだ。
咄嗟に私は、窓から屋根へと飛び降りた。屋根から庇へ、そして庇から物置の屋根へ。小さい頃から姉とその手順で外へと降りて、親にこっぴどく怒られていたルートである。
裸足のまま庭先へと降り立てば、ずぶ濡れの制服姿の姉は私を強く抱きしめ、「小屋に隠れよう」と手を引いた。
やがて雨が上がる。感覚的に、家には平穏が戻った気がした。
しばらくして姉に、どうして家の異常が分かったのかを聞いた。すると姉は、家中の窓にぎっしりと詰め込まれた人の姿が見えていたのだと言う。
しかもその人々は全員が天井方向を見つめ、その視線の先には私達の自室があったのだと言う。
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