#540 『かざぐるま』

 友人二人と共に、夜の肝試しに出掛けた。

 場所は車で約三十分ほどの所にある水子地蔵尊。山の斜面を利用して作られている場所で、地蔵が段の上に並ぶ姿は圧巻を通り越して薄気味悪いのである。

 だが、真夜中の地蔵尊はそれ以上だった。僕らは車から降りる事すら躊躇う程で、トップバッターの友人は、「マジで置いて行くなよ」と念を押してドアを開けるぐらいであった。

 そしてその友人は無事に帰って来て、今度は僕の番となった。意を決してドアを開け、外へと飛び出る。

 風が冷たい。だがそれ以上に、妙な怖気が走る。僕は手っ取り早く終わらせようと、少し早足で歩き出す。

 ――カラカラ、カラカラ――と、地蔵の一体一体に飾られている“かざぐるま”が、冬の風を纏い回っている。

 頭上では木々の間を吹き抜ける風の音だ。やけにうるさい夜だなと思いながら先を急げば、僕は石段の一つにつまずき激しく転倒してしまった。

 バキッ――と、慌てて手をついたその下で、何かが折れる音がした。見ればそれはとある地蔵の前に飾られたかざぐるまで、僕のせいで完全にへし折れて回らなくなってしまっていたのだ。

 やっちまったと呟きながら、僕にはどうする事も出来ず、ただその前で手を合わせて詫びるだけ。そして僕はその件を友人二人に伏せたまま、車へと戻ったのだ。

 怪異は、もうその夜の内から起こり出した。帰りに寄ったファミレスで、女性の店員さんが僕の席の隣に子供用の椅子を用意したのだ。

 その後、別の店員さんが僕にだけお子様用の別メニューを持って来る。さすがに全員、おかしいなと思い始めるが、敢えて誰も言葉に出さない。

 深夜、家へと帰ってすぐに布団へと潜り込む。だがいくらも寝ない内に、両親から叩き起こされる。

「あんたどこの子、預かって来たのよ」

 母に言われ、「知らん」と答えるのだが、父も一緒になって「うるさくて敵わん」と怒るのである。

 こりゃあ間違いなく取り憑かれた。思って、先程別れた友人達に連絡を入れれば、まだ起きていた様子で「やっぱりか」と納得される。車の窓全面に、内側から子供の手形が付いていたのだと言う。

 翌日、朝を待って全員で寺へと向かった。例の水子地蔵を管理しているお寺である。

 僕はそこの住職に、開口一番地蔵尊のかざぐるまを壊してしまった事を詫び、弁償を申し出た。すると住職は、「それは要らない」と断るのである。

 常に風雨にさらされているかざぐるまだし、すぐに壊れる。予備は沢山あるから構わないよと言ってくれた。

 ならせめて手を合わせて詫びて来ますと言うと、住職さんは僕の背後に回り、両肩を強くパン、パンと打つ。そして「そう言う事するから憑かれるんでしょうに」と笑った。

 かざぐるまを壊した事は、何も問題ではなかったらしい。問題はその後、地蔵に向かって手を合わせた事にあると言う。

「お地蔵さんに情け掛けちゃ駄目だよ。亡くなった子供に手を合わせるのは親だけなんだから」

 どうやら僕は父親と間違われたらしい。

 それから怪異は全く起こらなくなった。

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