#537 『開かずの間を開けた話・後日譚』
我々の主義には反するが、前夜にお届けした“開かずの間を開けた話”のその後をお届けしようと思う。
――親父が、「開けるのはやめよう」と主張したその後の事である。
家族の中で意見が大きく分れた。まず、今までひたすら開けるのを反対していた母が、「もう取り返しの付かん所まで来た」からと、無理に開ける事を勧める。そして開ける派であった父は頑なに、「取り壊しするまで待とう」と言い張った。
議論は母が折れる形で決着が付いた。但しその翌日まで、例の部屋の前で焚いている線香は絶やさず燃やせと言う母の意見は通った。
線香の番は、僕を含めた兄弟達で行う事となった。もちろん“中に誰かいるかも知れない”と言う危険性もあり、兄弟三人の内、二人ずつで交代する事にした。
先に、僕と兄とで線香を上げに行った。母屋はまだ電気も通じており照明も点くのであるが、何故かやけに薄暗く感じ、気味が悪い。昨日までその家で暮らしていたと言うのに、やけにそこが廃墟めいて感じてしまい、恐怖感がつのるのである。
部屋の内側からは、時折、咳き込む声が聞こえて来ていた。用心の為にバットや鍬などを携えていたのだが、何となくそのどれも効き目が無さそうな気がしていた。
線香の煙は依然として部屋の内側へと吸い込まれて行く。一体その煙はどこへと流れて行くのだろうか、まるで見当が付かない。
やがて夜が来る。線香の番には、父と母も加わった。
そうして夜の九時が過ぎた頃である。突然部屋の中から激しい咳と共に、嘔吐する音までもが聞こえて来た。
これは確かに誰かがいると勘付いた。父がすかさず、「誰かいるのか?」と叫び扉を叩くが、それに対しての応えは無い。母が長男に、「駐在さん呼んで来い」と言い付け、兄はすぐに飛んで行く。
もう既に風呂も晩飯も終わった後なのであろう町の駐在さんは、私服のままで家に来てくれた。そうして父が事の次第をかいつまんで話せば、「本署に連絡します」と引き上げてしまった。
やがて駐在さんは、同じ町に住む木村さんと言う老人を連れて戻って来た。
駐在さん曰く、「本署にこの件で話をしてみたのですが」と前置きし、中に人がいるのであれば家宅侵入罪なのですが――と、言葉を濁す。そして連れて来た木村老人は、「悪い事は言わんからこの部屋はほおっときなさい」と言うのである。
理由を聞くも、二人共に納得の行く事を言わない。我が家とはほぼ面識の無い木村氏に、「ウチの何を知っているんだ?」と語気を荒げて父が問い詰めるも、「知らん方がええて」と、木村老人は話さない。
「事件性があれば踏み込みます」と、駐在さんは再び木村氏を車に乗せて帰って行ってしまった。
車のテールランプが家の玄関から出て行くのが見えたと同時に、またしても部屋の中からむせ返る人の声が聞こえて来た。
――翌日、解体業者は来なかった。父が会社に連絡すると、業者の社長はただ平謝りで詫びるだけで、「他の業者を当たってください」と、一方的に解体工事を断って来たのである。
その後、近隣のお寺にどうすれば良いのかの相談をした。するとお寺の住職もまた、木村老人と同じく「ほおっておきなさいな」と言うだけであったと聞く。
母屋はまだそこにある。僕達家族は、その後もしばらく母屋向かいの建屋で暮らしを続けた。
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