#536 『開かずの間を開けた話』

 我が家には開かずの間が存在している。母屋、西側の端に位置する小部屋がそうだ。

 開かずの間とは言え、今までに何度も開けようと試みた事はあったらしい。実際僕自身もその一人で、何度かその部屋のドアノブを回した事がある。

 施錠はされていない。だが、ドアは開かない。若干の手応えはあるものの、まるでその部屋の内側に何か重い物でドアを押さえているかのように押し返されてしまうのだ。

 おそらく、何人かで一斉に力尽くで押せば開くとは感じた。だがそこまでして開ける必要性があるのかどうか。そして開けてしまった事による脅威は無いか。そんな事を思う度に開ける事をためらってしまうのだ。

 その部屋に窓は無い。家の表から見ても囲うのは壁ばかりで、その部屋へと出入り出来るのは開かないドアばかりだと分かる。そしてその部屋の中を見た者は家族に誰もいない。生前祖父が、「俺が越して来た時には既にこうだった」と話していたらしい。

 僕は常々その部屋の中に入ってみたいと思ってはいたが、中を覗いたら覗いたで何かが変わってしまうだろう事だけは理解出来ていた。決して元の生活には戻れない予感はあったのだ。

 ある時父が、「建て替えする」と言い出した。家の老朽化を考え、全て更地にした後に新築の家を建てると言う。

 仮住まいは母屋向かいの建屋を利用する事にした。元々は人が住んでいたらしく、小さいながらもトイレ、風呂、台所が存在していた。もちろんそこに誰が住んでいたのかは知らない。だがそのお陰で簡単な工事程度で居住可能となった。

 荷物、家財道具を全て向かいの建屋に運び込み、母屋は完全に空き家となった。そうして向かえた取り壊し前日。突然に親父が、「あの部屋、開けてみよう」と言い出したのだ。

 親父の言う「あの部屋」が、確実に母屋の開かずの間を指している事だけは理解出来た。

 誰もがそれに反対するも、僕だけは親父に賛成した。取り壊したら最後、あの部屋に何が隠されていたのかは永遠に知る事が出来なくなるからだ。

「もしもだぞ、もしもあの中に死体なんかが隠されていたとしたら、余計に大事なると思わねぇか?」

 そんな親父の無茶な屁理屈で、結局は部屋を開ける事で決定した。

 家族全員が西側の廊下へと集まる。そんな中で僕と親父とでドアノブを回し、内側へとぐっと扉を押し込む。

 思った通りの抵抗があった。少しだけ中へと押され、そして押し返される。

「もっと押せ」と、親父。そして二人で更に力を込めると、メリメリと言う音と共に、“何か”が見えた。

 ひょうと、風の通り抜ける音。凄い勢いで空気が部屋の内側へと流れ込む。そんな中、扉の内側に張り巡らされた大量の紙片が見て取れた。

 途端、母が「やめときぃ」と僕らの腕を取り引っ張る。母は僕らの真後ろで、その中に蠢(うごめ)く“何か”を見たらしい。

 母は姉に指示し、仏壇から線香を取って来いと命じる。そしてその部屋の前で線香を焚けば、何故か線香の煙は部屋の扉の隙間から勢い良く内側へと吸い込まれて行く。

「もっと焚け」と、母はありったけの線香に火を点ける。そして立ち上る煙は、次々と部屋の中へと吸い込まれて消えて行く。

 一体どれぐらいの時間そうしていたのだろう。突然、部屋の中から咳払いが聞こえた。苦しそうに、「げほんげほん」と咳き込む人の声。

 もちろんその場にいた全員がそれを聞いた。聞いた後、「開けるのはやめよう」と親父は言った。

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