#535 『じゃらんの音』

「じゃらん」

 真夜中に奇妙な金属音を聞き、目が覚めた。

 ゴリゴリ、ゴリゴリ――と、どこからか音がしている。そしてまた、「じゃらん」と、鈍い金属音。

 気のせいじゃ無い。思い、ベッドの上で身を起こす。だがそれと同時に音は止んでしまった。

 音は間違いなく外から聞こえた。しかも比較的、とても近い場所からだ。

 窓辺に立ちカーテンを開く。そこには小さいながらも裏手のベランダが見える。

 ベランダは外から寝室が見えないようにと、全て簾(すだれ)を下げて囲っている。なんとなくだが、音はその簾のすぐ外側から聞こえた気がした。

 そこのベランダの真下はマンションの自転車置き場になっている。おそらく誰かが階下で何かしているのだろうと納得し、再び寝室へと引っ込む。

 だが、そうして寝始めるとすぐに、じゃらん――ゴリゴリ、ゴリゴリ――と音が聞こえる。

 ハッとしてベッドの中からベランダを見ると、最後の「ゴリッ」と言う音と共に“何か”が動いたような気がしたのだ。

 音は、外じゃない。ここのベランダで鳴っている。と、僕はそう確信する。

 今度は眠らなかった。ベッドの中で目を見開き、事が起こるのを見守った。

 そして――それは始まった。ベランダの手摺りと、その上に渡した簾のその隙間。僅か数センチ程度のその隙間から何かが飛び込んで来て、「じゃらん」と床に落ちる。

 そしてそれはゆっくりと引き上げられて行き、「ゴリゴリ」と手摺りのレンガ材を削って音を立てる。

 僕は気付いた。あれは鎖(くさり)だと。しかも金属製の重いやつだ。

 慌ててベッドを抜け出し、ベランダの戸を開ける。そしてその鎖に手を伸ばし、飛び付こうとした所で、「ゴリッ」と鈍い音を立ててその鎖の尾がベランダの外へと引き抜かれた。

 僕はすぐに簾をはずし、外を覗く。階下である三階のベランダに人の気配は無い。だが、下の階から僅か数センチ程度の隙間に鎖を投げ込む事が可能なものなのだろうか。

 そんな疑問で頭を悩ませていると、頭上から微かな音がする。見上げれば上の階の住人である太田さんが、怖い顔で僕を睨んでいたのだ。

「あの――」と、言い掛けた所で太田さんの顔は引っ込む。もしかして今の出来事は太田さんの仕業だったのだろうか。

 そんな事を思いつつ向かえたその翌日。マンションのエントランスでは同じ苦情を持つ住人達であふれていた。

“ベランダに鎖が投げ込まれた”

 それは僕と全く同じ現象のクレーム。その苦情を言いに来た人の中には、上の階の太田さんの顔もあった。

「あなただと思っていましたよ」と、太田さんは言う。

 結局その現象は、一夜限りで起こらなくなってしまった。

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