#534 『燃えないゴミ』
夜の事である。今朝、大学で友人からもらった旅行のお土産の存在を思い出した。
鞄を探るが、何故か貰った筈の小さな紙袋が出て来ない。代わりに全く見覚えの無い古びた手鏡が現れたのだ。
「なにこれ?」と、私はそれを頭上にかざす。相当に古いものだろう、鏡面の端は黒ずみ、輝きも失われている。
裏側の飾り部分や取っ手部分は完全にメッキが剥げ、とても汚い色に仕上がっている。
一体どこでこんなものが紛れ込んだのよと悪態を吐きながら、私はその手鏡をキッチンの“燃えないゴミ”の袋の中へと放り込んだ。
翌日、学食で友人達と会話をしていると、一人の女子が絵のモチーフに手鏡を使いたいと話し始めた。
「古いのでいいの?」と私が聞けば、「古ければ古い程いい」と言うのである。私は心当たりあるので、見付けたら持って来ると約束をして家へと帰った。
だが、家に帰ってゴミの袋を探るが、例の手鏡は出て来ない。代わりにそこから出て来たのは、全く見覚えの無い刺身包丁であった。
「なにこれ?」と、私はそれを目の前にかざす。使い込まれた感のある、刃こぼれ一つ無い綺麗な包丁だ。
ほんの少しだけ、「黙って使っちゃおうか」とも思ったのだが、元より包丁どころか料理一つしない人間である。私はそのまま燃えないゴミの袋の中へと放り込んだ。
翌日、手鏡は無かったと告げる為に友人の所へと向かったのだが、何故かそれより先に友人は、「ありがとう! 大事に使うね」と、先日捨てた筈の手鏡を手に持って喜んでいるのである。
「それ、どこにあったの?」聞けば友人は、朝来たらもう机の上にあったのだと言う。もちろん私はそんな事はしていない。
妙な事もあるものだと家に帰る。ふと、なんとなく家の中に“違和感”が漂う。何がどう違うのか良く分からないままキッチンに立ち、冷蔵庫から牛乳を取り出せば――
“軽い”と思った。中身が記憶よりもずっと少ないと言う重さだ。同時に一緒に買って来たプリンが見当たらない。そっと振り返れば空のプリンの容器がシンクに転がっている。
誰かいる! 思い、私は咄嗟に燃えないゴミの袋に手を伸ばすが――無い。昨日そこに放り込んだ筈の刺身包丁が無いのである。もしかしたら記憶違いでシンクの下の扉の包丁立てにしまったのではと思い直し、ドアを開ける。
そこに、人がいた。おそらくは全裸なのだろう男性で、膝を抱えた体育座りのまま真横に転がり、開いたドアの中から笑顔で私を見上げていたのだ。
悲鳴をあげて外へと飛び出る。すぐに携帯電話から警察に通報する。だが、駆け付けて来てくれた警官が言うには、「誰もおりません」だった。
そんな筈はないと言い張り家の中へと踏み込めば、シンクの下の開いたドアの内側には、友人にもらった旅行先のお土産の袋が置いてあった。
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