#533 『飛び込んだ右腕』
JRがまだ国鉄と名乗っていた時代。そこの若手職員だったTさんと言う人の体験談である。
――その日、僕は夜詰めの当番だった。始発まで何も無ければいいなと思っていると、終電間際になって飛び込みの連絡が入って来た。
これはもう仮眠すら無理だなと覚悟を決め、遺体集め用のバケツと火箸を持って出動した。
範囲は予想よりもずっと広大だった。理由は分からないが、電車は飛び込まれた後にかなりの距離を走ったらしく、散らばった肉片はかなりの広範囲に及んでいた。
翌日、朝日が昇る前までには大方の回収は出来ていたのだが、何故かどうしても遺体の右腕だけが見付からない。
無いでは済まされないものなので懸命に範囲を広げて探すが、やはりどうしても見付からない。結局始発を遅らせる訳にも行かず捜索を打ち切るものの、いつどこで一般人が右腕を発見して大騒ぎするか分からず、職員達は憂鬱な表情で朝を迎えた。
僕は昼勤の人に申し送りをした後、社宅へと戻った。朦朧とする意識のままで家の玄関へと辿り着くと、何故か玄関ドアの窓が割れている。
さては泥棒かと思い、用心をしてノブを回せば、開いたドアの向こうにはガラス片と共に血塗れの右腕が落ちていた。
社宅は線路脇ではないのだが、距離と高低差を考えれば遺体の腕がここまで飛んで来たとしても不思議では無いのかも知れないなと、僕は職場に電話をした。
遺体はすぐに回収された。そしてその飛び込んだ人の素性も分かった。
驚いた事に、その遺体の主は僕の大学時代の友人であった。
これは後で聞いた事だが、飛び込みがあった際に運転士はすぐにブレーキを掛けたが、何故かなかなか電車が止まらず、相当なオーバーランをした後で停車をしたと言う。
その停車した電車の先頭は、まさに僕の住む社宅の真ん前辺りであった。
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