#531 『無人駅の風景』

 深夜の無人駅を撮影して来ようと思い立った。

 私が住んでいる場所もそれなりには田舎なのだが、そこより先の山側は更に田舎で、券売機すらも存在していない無人駅ばかりとなる。

 夜の十一時に家を出て、カメラ一台を持ち、自転車に跨がる。隣の駅を越えた途端、辺りは一気に寂しくなる。道は大きな川沿いの街道となり、点在する家々もまばらになって来る。

 聞こえて来るのは、私が踏むペダルの音と、川のせせらぎのみ。そうして私がその線の終点へと辿り着いたのは、既に一時を大きく上回る時刻だった。

 終電も無くなり、駅のホームはただ仄暗い照明をいくつか灯しているだけ。私は誰もいないのを良い事に線路へと踏み込み、無人のホームへとカメラを向ける。

 ファインダーを覗く。マニュアル操作でボヤけた風景にピントを合わせて行く。

 ふとそこに、思い掛けないものを見付ける。それはホームの端へと立つ一人の女性の姿。

 もう既に肌寒い季節だと言うのに、その女性は白いフレアのスカートに、水色のノースリーブと言う装いだ。

「えっ?」と声を上げファインダーから目を離す。だがそこには誰の姿も無い。

 おかしいなと思い、再びファインダーを覗けばやはり先程の女性の姿がある。しかし肉眼で見ればその姿はどこにも無いのだ。

 私は今、一体何を見ているのだ? 思いながらシャッターを切る。そうして写し出されたカメラのモニターには、やはり誰の姿も見えない。さすがに気味が悪いなと思いつつ、私はその駅を後にした。

 帰りはひたすら下り坂である。ほとんどペダルも漕ぐ必要が無い。

 秋の風が心地良いなと思いながら次の駅へと辿り着く。そうして駅のホームへとカメラを向ければ――

「ひっ」と、私は短い悲鳴をあげてファインダーから目を離す。

 私は慌てて自転車に飛び乗ると、勢いを付けて漕ぎ出した。

 ファインダーの中には、一つ手前で見掛けた例の女性の姿があったのだ。

 もはや撮影どころではない。私は少しでも早く人里へと降りたいと、ありったけのスピードで坂を駆け下りて行く。

 やがて次の駅が見えて来たのだが、私はなるべくそちらには目をやらないように務めていた。だが――いる、と確信する。さっきまではファインダー越しにしか見えていなかった例の女性が、強烈な存在感を持って私の視界の端へと写るのだ。

 やばいやばい、やばいやばい――私はそう呟きながら必死に自転車を漕ぐ。

 だが、次から次へと過ぎ去って行く深夜の無人駅に、ことごとく例の女性の姿が見える。

“私に付いて来ている” ――それだけはハッキリと分かった。

 深夜に一人でこんな場所に来てしまった事に激しく後悔しながらも、ようやく街道は人家のある場所へと辿り着く。そうして最初のコンビニエンスストアが見えて来た頃になって初めて、私は安堵の溜め息を吐き出した。

 汗だくながらも店へと向かい、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出す。そうして顔を上げた瞬間に私は気付く。冷蔵庫のガラス窓に店内の風景が反転して写し出されているのだが、私の背後、数歩後ろに、ノースリーブの女性の姿が見えるのだ。

 おかしい、店には店員さんしかいなかった筈。思いながら振り向くが、想像通りにそこには誰の姿も無かった。

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