#529 『エンジェル様郵便』
小学校五年の時の話だ。上級生である六年の女子を中心に、妙な遊びが流行った。
それは“エンジェル様郵便”と言うもの。町のとある文具屋で売られている天使の絵柄のレターセットを買い、便箋の最初に好きな人の名前を書き、そして自分の想いの丈を綴り、封筒に入れてしっかりと閉じ、最後に切手を貼り付け自身の道具箱にそれを仕舞う。
以降、その封筒を道具箱から出す事なく仕舞っておけば、いつか必ず想いが叶うと聞く。おかげで町の文具屋からはその絵柄のレターセットは全て無くなり、注文の予約が殺到する程になっていた。
私も興味が無かった訳ではないのだが、それほどのブームでレターセットが手に入る訳もなく、どこからかのコネで入手して悦に入っている同級生のF子を眺めながら、「馬鹿馬鹿しい」と冷めた目で見る毎日。
ある朝の事、同じクラスのK君の訃報を聞いた。心臓麻痺だったと言う。その日の夕方、部活動が予想よりも長引き、私は帰りが遅くなってしまった。
忘れ物を取りに教室へと向かえば、そこには担任の先生と見知らぬ女性がいた。どうやらそれはK君のお母さんらしい。二人はK君の机を囲みながら荷物の整理をしていた。
その時、私の視界にK君の道具箱が目に入った。何故そうしたのかは未だに分からないのだが、「すみません、ちょっとだけ見せてもらえますか」とその道具箱を開けると、思った通りにエンジェル様郵便の封筒が入っていたのだ。
二人がいる前でそれを開ける。中を見て驚いた。それは「お母さんへ」から始まる自らの死への望みの手紙。要するにそれは、K君の遺書であった。
翌朝、全校あげてのエンジェル様郵便の禁止を言い渡された。もちろん不平不満は多いに上がった。
やがてエンジェル様郵便は、思わぬ方向に噂が立った。あれは好きな人を振り向かせるものではなく、“想い”を綴れば何でも叶う、呪いのアイテムではないかと。
幸い、私にもそのレターセットは手に入った。文具屋が「これは売れる」と判断したのだろう、店には過剰なぐらいにその便箋が売られるようになったからだ。
私はその便箋の頭に、クラスメイトである“F子”の名前を書いた。私は昔から、女王様を気取る彼女が大嫌いだったのだ。
私は彼女の死までは望んでいなかったので、手紙の内容は、あなたが大嫌いだから学校に来るな――程度で留めておいた。
やがてその恨みが聞き届けられたのか、F子は体調を崩して学校を休みがちになった。
それを知ってクラス中の女子が、「私の“想い”が届いたみたい」と笑った。奇しくもクラス中の“想い”が一つになった瞬間でもあった。
エンジェル様郵便は、私達が卒業をした後も、廃れる事もなく流行り続けたと聞く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます