#526 『ファミコンカセット』

 東京の大学へと進学し、故郷である新潟を離れた。

 やがてそのまま都内の会社へと就職。帰郷どころか滅多に実家へと電話する事も無くなってしまった。

 ある時、親父が危篤と聞いて家へと戻るも実際はとても大袈裟な話で、父は軽い脳梗塞で入院をしたと言うだけ。症状は単に、呂律が上手く回らないと言う程度のものだった。

 さて、久し振りの実家である。たまには親孝行をと思い、二日程泊まる事にしたのだが、どうにも僕が使っていた自室が妙な具合なのだ。

 数年もの間そこを使っていなかったのだから、当然埃にまみれていると思い込んでいたのだが、見ればまるで今も誰かが使っているかのように、部屋が“生きている”感があったのだ。

 しかも僕自身の記憶とは若干違っており、どうにも“誰かが使っている”ような気さえした。

 その違和感の一番はやはりなんと言っても、部屋のテレビに繋がる家庭用ゲーム機の存在だろう。それは旧世代に流行した、“ファミリーコンピュータ”と言うものだった。

 どうしてこれが? 僕にはそれを見て、そんな思いしか無かった。

 なにしろそれ自体がとても時代遅れな代物で、僕自身。小学生の頃に遊んだ記憶しか無いものである。もう二度と遊ばないだろうと思い、箱にしまって押し入れの奥へと押し込んだ筈のもの。どうして今更こんなものが――と、そこいら中に散らばるカセットの一つを取り上げると、そこにはとても稚拙な字で、「ゆうた」と油性ペンで書かれていた。

 なんだこれ? 思いながら他のカセットも見てみるが、驚いた事に全てのカセットに同じ「ゆうた」の文字が書かれていた。

 もしかして俺が不在の間、親戚の子でも来ていたのだろうか。僕はそう思い込み、適当にカセットを仕舞って、長い事使ってなかったベッドで眠りについた。

 翌朝、食卓に着けば、何故か祖父と母が少々不貞腐れ気味に僕を出迎える。

「どうしたの?」聞けば祖父は、「お前、昨日はどこで寝た?」と聞き返される。

「え、自分の部屋だけど?」言うと今度は母が、「勝手に使っちゃいけんよ」とたしなめるのだ。

「どうして?」聞くが二人はまともに答えない。「自分で考えろ」とか、「普通なら遠慮するでしょう」と、欲しい答えを与えてくれないのだ。

 どう言う事だよと、食事の後で再び部屋へと戻れば、何故かさっきまで寝ていた部屋のベッドの布団が、こんもりと盛り上がっているのである。

 誰かいるのか? 思って布団をめくれば、そこには僕が持って来たバッグや上着などが無造作に積み上げられている。

「なんだこりゃ」思って拾い上げれば、そのどれにも、「ゆうた」と油性ペンで書かれていた。

「ねぇ母さん、ゆうたって誰だよ?」言いながら階下へと降りれば、やはり二人はまともに答えず、「いい加減にせんと怒られるぞ」と、僕に苦言するのだ。

 こりゃあ駄目だ。僕はもうその日に東京へと帰ると二人に伝え、親父の入院する病院へと向かった。僕はただ、「今日帰るよ」と親父に言いたかっただけなのだが、親父は僕の顔を見るなり、「お前、ゆうたに嫌われてるぞ」と言うのだ。

「ゆうたって誰だよ」聞くがやはり答えない。僕は午後の便で東京に向かい、夜の間に自宅へと戻った。

 ドアを開ける。リビングの明かりを点ける。何故かテレビの前には、アニメの映画のDVDが散らばっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る