#524 『三度目の来訪者』

 深夜である。突然、眠りを妨げ家の固定電話が鳴り出した。

 一瞬だけだが、その子機の表示が“非通知”だった事だけは覚えている。寝ぼけ眼で「もしもし」と出ると、「すぐ逃げて」と、小声の女性の声がした。

「もしもし、どなた?」重ねて聞くが答えない。再び、「逃げて」と告げ、「お願い、早く逃げて。あなたを死なせたくないの」と言うのだ。

 俺の眠気は一瞬にして覚めた。ブツッと言う切断の音を聞き、俺は爆発的に飛び起きると、枕元の携帯電話と車の鍵だけを手に取り、靴も履かずに外へと飛び出す。そうして外階段を伝って一階へと降りると、敷地内にある駐車場の自分の車へと乗り込んだ。

 車からは、俺の住む二階の部屋のドアが見える。もう俺はその辺りで、悪夢を見たか、それとも誰かの悪戯かと冷静さを取り戻しつつあったのだが、ポッと同フロアにある廊下のエレベーターの開いた明かりが見えたと同時に、戦慄を覚えた。中から出て来た黒い人影は、迷う事なく俺の部屋の前まで来て、堂々とドアを開けて中へと入って行ったのだ。

 音がするぐらいに心臓が高鳴る。同時に頭の上から汗が噴き出てこぼれ落ちて来る。俺は震える手で警察へと連絡し、事の次第を率直に告げた。

 ややあってサイレンを消したパトカーが駐車場へと停まる。俺は安堵して、「今、電話をした者です」と車を降りた。

「一応はまだここにいてください」と、警察官二人は俺を置いて二階へと向かう。そうして二十分は部屋にいたのだろうか、一人が外へと出て来て、俺を呼びに来たのだ。

「怪しい所はありません」と言われ、「でも確かに誰かが入って行ったんです」と反論するが、「確認はしましたので」と、無情にも二人は帰って行ってしまった。

 玄関のドアが閉まる。少ししてまた、家の固定電話が鳴り出す。

「もしもし」と出ると、「早く逃げて」と、先程と同じ声の女。

「あんた誰――」と言い終わる前に、「そこにいたら殺される。パトカーが出てしまう前に、部屋を出て」と言うのだ。

「おい、ふざけんな……」と、言い終わる前に俺は言葉を失った。警察官が開けたのだろう、ベランダのカーテンの隙間から覗く、白く曇ったガラス窓が見える。

 なんでここだけ? 思って近付くと、その白く曇ったガラスはちょうど俺の立つ口元辺りで、一瞬にしてここの外側に誰かがいて、息を吐きかけていた想像が脳裏に浮かぶ。

 バン! と音がした。俺の視線が、ガラス窓から外のベランダに移る。それはまさに、ベランダの手摺りを掴んで登って来ようとする人の手だった。

 俺は持っていた子機を放り投げ、弾けるようにして再び外へと飛び出す。

 果たしてパトカーは――いた。俺は慌てて車へと駆け寄ると、「ベランダに!」と、二人に向かって叫ぶ。すると二人の警察官は、待ってましたとばかりに部屋へと向かって駆けて行くではないか。

 今度こそ事件扱いとなった。そして、「確かにベランダに痕跡があります」と証言してくれたのだ。

「でも、どうしてベランダは確認してくれなかったんですか?」と聞けば、「しました」と言う。

 だがもう、それ以上は何も答えない。代わりに警察官は、「次に同じ電話があったら、絶対にその指示に従わないように」と言うのだ。

 何でもここ最近、同じ手口で刺されたり、重傷を負った人が数人いるとの事。

「必ず、三度目の電話で襲われてます。絶対に従わないように」と、念を押された。

 それから数日後、例の電話はやって来た。俺は咄嗟に、警察官の忠告を思い出す。

「いずれも、玄関先で襲われてます」――と。

 俺は電話に出る気になれず、子機を握り締めたまま廊下に出る。向こうにはチェーンの掛かった玄関が見える。

 俺は黙って、“切”のボタンを押し込んだ。

 同時に玄関のドアが、「ドンッ!」と激しく叩かれた。

 心霊系の話ではないのだが、面白かったので掲載させてもらう事にした。

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