#520 『送り届ける』

 二日続けてお送りした、カメラが趣味の女性のエピソード、最終夜。

 ――ある時から、私が愛用しているフィルムカメラで写した写真の中に、後ろ姿の女性が写り込むようになったのだ。

 それまでに写されたものは計四枚。いずれも同じ服装で、カメラに背を向けて立っていると言う姿だ。

「ねぇ、ちょっと見てもらいたい写真があるんだけど」と、私は受話器越しに、別れた元彼に向かってそう言った。

「それ絶対に心霊写真だろうから嫌だ」と元彼は言う。

「そう言わずに」「絶対嫌だって」――と、問答を繰り返した挙げ句、私達はとある喫茶店で落ち合った。

 元彼は、“直接見ると影響受けるから”と、その四枚の写真を紙に模写しろと言うのである。

 そうして時間を掛けて出来上がった稚拙な絵を見て、元彼は一言、「何か憑かれてるな」とだけ言うのだ。

 そんなの分かってるわよと、その日はまたしても喧嘩となって別れた。

 それから数日経って、再び例の女性の後ろ姿を写真に収めた。それは夕暮れのひまわり畑の写真で、夕日に向かって立ちすくむ女性の後ろ姿が、ひまわりの中に混ざって見えると言う、そんなものだった。

「ちょっと気付いた事がある」と、元彼から突然連絡が来た。そうしてまた喫茶店で落ち合ったのだが、元彼は、「この女性が写るのは方角のせいだ」と言うのである。

 そしてその指摘通り、全ての写真はそれに符号した。彼女が写る写真の場所と方向を調べると、それは必ず南西の方向を向いているのである。

「きっとそっちの方角に何かあるんだよ」と、元彼は得意そうに言う。結局その時も、「だから何よ」と、口論になって帰ってしまったのだが。

 それから少しして、私は遠方の撮影仕事をいただき、空路で現地へと向かった。場所はなんと、四国である。

 撮影自体は無事に終了したのだが、その晩、ホテルのベッドの中で見た夢に、妙な景色が現れたのである。

 長い石段、大きな鳥居。やけに濃い霧が掛かって前が見えないのだが、確かにその向こうにはお社(やしろ)が見えると言うそんな構図。

 起きた私はその夢のリアルさに、思わずスマホで検索を掛ける程だった。

 やがてそれに酷似した神社を見付けた。しかもそれは泊まったホテルからでも向かえる範疇で、私は帰りの時刻を少し遅らせ、その神社へと向かう事にしたのだ。

 生憎の小雨だった。その神社へと到着すると夢の通りな濃い霧で、私は確実に「ここだ」と確信し、シャッターを切った。

 帰ってからそのフィルムを現像に出せば、思った通りそこには例の女性の姿があった。

 長い石段の途中、彼女はこちらへと振り返り、両手を挙げて笑っている様子が覗えた。

「あなたの言った通りだった」と、電話で元彼にそう伝えた。

「そりゃあ良かった」と彼は笑う。それっきり例の女性は、写真に写らなくなった。

 それから少しして、私は縁あって名字を変えた。新しい名前は、飯田姓である。

 私が長年愛用して来たフィルムカメラは、産まれて来た息子が引き継いだ。

「妙なもの撮るなよ」と、夫は笑う。

 私も笑い返しながら、それはちょっと無理なんじゃないかなぁと密かに思った。

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