#519 『写り込む』
前夜にご紹介した、カメラが趣味な女性の方の、もう一つのエピソードである。
――その頃私は、副業で写真講師の仕事をしていた。とは言っても教室を持つ程でも無く、参加希望者を募って屋外のスナップ撮影を教える程度だ。
ある時、参加した方の中に、奇妙な印象を受ける人がいた。年齢は私よりも少々上ぐらい。いかにもカメラマニアっぽい服装で、持っている機材も高価なものばかりであった。
「ねぇ、ちょっと見てくれる?」と、私は隣に座って持ち帰り残業を頑張っている、同棲中の彼氏に向かって話し掛ける。
「どうしたの?」と、彼は差し出されたパソコンのモニターを覗き込むと、途端に顔をしかめて、「うっ」と唸って口を押さえる。
「何か“視”える?」と聞けば、少しだけ間を置いて、小さく頷いた。
「気持ち悪い。この写真、“何か”がこびり付いてる」
あぁ、やはりそうなんだと私は納得した。それは昨日、私の写真講座に参加した例のマニア君が撮った写真の数々だ。見れば特に何かが写り込んでいる訳でもないのだが、何故かどれを見てもやけに不快で、気持ちが身体の中で粟立って行くような感覚があった。
彼氏は私のパソコンを取り上げ、何かを検索し始める。そうして出て来た写真は、とても直視出来そうにもない、人や動物の死体の写真だった。
「なんでこんなもの見せるのよ」と咎めれば、「さっきの写真は、こう言う連中が撮った写真と同じ匂いがする」と彼は言うのだ。
言われてみれば、どこか腑に落ちた。確かに何となく、彼の撮る写真に微かながらの“狂気”を感じたのだ。
それから数週間後、またしても例のマニア君が講座へとやって来た。そして何故か彼は、やたらと私の写真を撮りたがるのだ。
“視線が怖い”と、私は感じた。もちろんそれはファインダーとレンズを通した視線なので、現実的には見えない筈なのである。
二日後、またしても彼の撮った写真がインターネット上に流れた。そこには大量の、私の写真も含まれていた。
「こいつ、何か殺してるな」と彼は言う。念の為と言って、前回の講座に受講生の振りをして彼自身が参加してくれたので、例のマニア君の事は直接会って見ているのだ。
「何か“視”えた?」と聞けば、「沢山の犬や猫が視えた」と言い、ついでに「君に似た若い女の子も視えた」と続ける。
それから少しして、街中を歩く人影に例のマニア君の姿が垣間見られるようになった。
“尾行されている”と、私は感じた。その事を彼に話すと、「やはりターゲットは君でしょう」と、素っ気なく言うのだ。
ある晩、私は窓の外にマニア君の視線を感じた。それを告げると、彼は黙って家を出て行く。
暴力沙汰にならなければいいなと思っていると、僅か数分で彼は戻って来たのだ。
「もう大丈夫。もう来ない」と、彼は言う。そしてその言葉は本当だった。
それっきり例のマニア君の姿を見る事は無くなったし、講座にも来る事は無かった。
都度、私は彼に、「何したの?」と聞くのだが、そればかりは絶対に答えてはくれないのだ。
ある時テレビで、死体遺棄と殺人の容疑でとある男性が逮捕されると言うニュースが流れた。その件については全く続報が流れなかったので詳細は分からないのだが、テロップに出て来た容疑者の名前が、例のマニア君の名前と酷似していたと言う事だけははっきりと覚えている。
それからもう一つ。私が講座の際に撮ったフィルム写真の中に、マニア君の姿も写っていた。
それは何故か妙な白いもやで包まれており、マニア君自身の姿はほとんど隠れて見えなかったのである。
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