#517 『新車の機能』
長い間乗り続けた年代物のビートルに、とうとう寿命が来たのである。
仕方無く車を買い換える事にしたのだが、妻の強い希望もあり、クラシックカーではない国産の新車を購入する事にしたのだ。
さて、無事に納車は済んだのだが、これがどうにも乗り慣れない。乗り心地は良いのであるが、あまりにも運転する人にとって優しく設計されている為、僕のようなへそ曲がりドライバーには少々、居心地が悪いのである。
給油するタイミングを図る為に走行距離を計算しなくていいし、ヘッドライトは自動で点くし、ハンドルは軽いしギアチェンジする必要性も無い。もちろん暖気運転も要らなければ、エンストの心配も無い。エアコンを付ければちゃんと涼しい。妻は助手席に乗りながら、「これが車ってものだよ」と、得意げである。
だがその反面、どう対処したら良いのか分からないトラブルも多々あった。
まず、車上荒らし用のカーアラームだ。車はいつも家の前のガレージへと入れているのだが、これが誤作動を起こして良く鳴るのである。
酷い時は真夜中とか、まだ暗い早朝で、けたたましい音を止める為に眠い目をこすってガレージへと向かう事が良くあった。
そしてその次は、車の四隅に取り付けられたコーナーセンサー。これもまたしょっちゅう誤作動を起こし、走行中だと言うのに左前方に何かがあるとか、歩行中の人を感知しては警告音を発するのだ。
他には、ギアをバックに入れると車の背後をカメラが映し出してくれるのだが、たまにモニターの故障か、いない筈の人の下半身をそこに映す事がある。
だが一番困るのが、シートベルトを感知する機能だ。もしもベルトを装着せずに走行すると、これまた鬱陶しい警告音がずっと鳴り続けると言う仕組み。
もちろんシートベルトをしておけば問題無いのだが、困るのは助手席側にもその機能が付いており、同乗者もベルトをしなければいけないようになっていると言う事。しかもその機能が度々誤作動を起こし、横には誰も乗っていないと言うのに、助手席側を示すシグナルと音が鳴り響く。僕はその度、「誰も乗ってないよ!」とハンドルに向かって叫ぶのだが、当たり前のように車に言葉は通じない。
「やっぱ機能が充実しているのも困りものだよね」と、信号待ちで車を停止させながら、僕は横に乗る妻にそう語る。同時に左前方に人がいるとの警告音。見ればその向こうのガードレールの横に、花束と酒が置かれているのが目に入る。
「あなたこれ、新車だよね?」と、妻。
「いや、中古車で良いのがあったからそれにした」と、僕。
妻の目付きが一瞬にして変わる。女性はどうしてこうも新車にこだわるのか、その気が知れないと僕は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます