#512 『剥がれた何か』
私は海外輸入品の雑貨屋で働く従業員なのだが、仕事をする上で困った事が一つあった。
それは店のオーナーの家族が、まるで自宅のように店に来てはくつろいでしまう事。
せめて店の奥の控え室にいてくれるならばいいのだが、誰もが訳知り顔で店をうろつき、好き勝手に店の商品を手に取り、持って帰ってしまう事が多かったのだ。
それどころか知り合いが店に来れば無料で商品をプレゼントしたり、店頭で売られている菓子や飲料水など、適当に飲み食いしてしまったりする。
私は何度も帳簿が合わなくなるからとオーナーに注意したのだが、逆にその家族に咎められたり、嫌がらせをされたりなど、理不尽な目に合う事も度々あった。
ある時オーナーの父親が店に来て、奥の控え室へと入り込むなり、誰かと親しく会話をし始めた。
あれ、おかしいな。今日はオーナーもいなければ他の家族も来ていない筈。思った所で、オーナーの車が店の前に停まり、父親を除く全員がそこから降りて来たのだ。
真っ先にオーナーがその事に気付いた。「あれ、親父って誰としゃべってるの?」と。
私は素直に、「知りません」と答えたのだが、奥から顔を出したオーナーの父は、自分以外の家族全員がそこにいる事に驚いた顔をする。
「なぁ、今誰としゃべってたんだよ」とオーナーが聞けば、父は目を丸くして、「お前としゃべってた」と言うのだ。
途端、「剥がれたな」と、オーナーがその部屋へと入り込み、内側からドアに施錠する。
一体そこで何をしていたのか、僅か数分で出て来たオーナーは、「もう大丈夫」と小声で私に言うのである。
ある日、客もオーナーも、そしてその家族もいない瞬間を見計らって、奥の控え室の探索をした。すると想像した通り、部屋の調度品の裏側に隠すようにして、どこの国のものなのかも分からないお札(ふだ)が壁のあちこちに貼られているのを見付けた。
なるほどこれかと納得する。それから少しして、私はオーナーの家族と大喧嘩になった。理由は前にも述べた通りの公私混同である。
「ここはあんたらの遊び場じゃないからね!」と一喝し、辞めるつもりで控え室のお札全てを引っ剥がし、荷物をまとめて家へと帰った。
その晩、オーナーから謝罪の連絡が入り、「戻って来てくれ」と頼まれた。「二度とウチの家族は店に来ないから」と言われ、私は渋々それを承諾した。
翌日、店に来て驚いた。まるでその店の中だけ大型の台風が通り過ぎたかのように商品が壊れて吹き飛び、散乱していたのである。
「もう貼り直したから大丈夫」と、オーナーは笑う。
それっきりオーナーの家族が店に来る事は無かったのだが、時折、留守の筈のオーナーが店の中をうろつく事だけが、新しい悩みの種なのである。
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