#505 『監視カメラに映った者』

 ある時から、マンションの住民の間で妙な噂が立ち始めた。

「不審な人物が出入りしている」――と。

 実際それは僕も見た。真夜中、駐車場に車を停めて東側階段の方へと向かっていると、ふと三階の廊下を誰かが歩いている姿が目に入った。

 おや、こんな夜中に出歩く人もいるもんだなと思い目で追っていると、その人は西側の階段を降りて今度は二階の廊下を端に向かって歩き始める。

 その時はまだ、エレベーターで降りる階を間違えたのだろう程度にしか感じてはいなかった。だが、東側階段に付いて上へと登ろうとすると、頭上で先程の人だろう足音が上へと向かって登っている音がする。

 さっきまで下に向かっていた筈なのにどうして? 思いながら二階へと着き、自宅の方へと向かっていると、背後で物凄い早さで階段を駆け下りて来る音がした。

 さすがに怖くなり、僕は慌てて自宅の玄関ドアを開けて中へと飛び込んだ。閉めたドアの向こうを、けたたましく駆けて行く足音が響いた。

 他には、エレベーターの階数表示がしょっちゅう屋上階で停まっていると言うものがある。

 そのマンションは他の所とは違い、屋上への出入りがエレベーターで出来るようになっている。降りた所でその先のドアは常に施錠されており開閉は出来ない。従って、屋上へと行こうとする人など皆無な筈なのだ。

 だが、かなりの高確率でエレベーターは屋上で停まっている。実際それは僕も何度も目の当たりにしているのだ。

 とうとう、住民の声を無視出来なくなった管理会社は、マンションの共有部分に相当数の監視カメラを取り付ける事にした。そうして、僅か一週間でその不審人物の正体は割り出せた。

 結果、マンションの廊下をうろつく者は、“椅子”だった。しかもとても簡素な作りの丸椅子で、それが何故か空中を浮遊しながら廊下を滑るように動き回っているのである。

 その正体を見て、僕を含めた住民達は悲鳴をあげた。その椅子は確かに時々、マンションの廊下にポツンと佇んで置かれている時があったのである。

 そしてエレベーターの方はと言うと、これまた驚いた事に、無人のままに階数のボタンが屋上側から押されているのである。つまりは、エレベーターが屋上で停まっていると言うのは、誰かが屋上へと向かっているのではなく、誰かが屋上でエレベーターを呼んでいると言う事になる。

 つまりはその二つの現象は、まるで別物であり関係が無かった。

 もちろん今以てその現象は細々と続いている。

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