#506 『正午の出来事』

 昨晩から降り続く豪雨が昼の正午を境にぴたりと止み、空はみるみる明るくなって一瞬にして晴天となった。

 私は門扉を開けようと外へと出ると、家の前をミツル君が駆けて行く。

 ミツル君とは、私の家の隣に住む細野さんの家の一人息子である。もちろん私も、その子の事は赤ん坊の頃から知っている。

「どこ行くの?」と大声で聞けば、ミツル君は慌てて立ち止まり、「川、見に行って来る!」と言う。

「やめなさい、氾濫していて危険だから」言うとミツル君は、「大丈夫」と言って駆け出して行ってしまった。

 そしてミツル君はそのまま帰って来なくなった。私が指摘した通り、ミツル君は川に転落し、その日の夕刻には息をしていない状態で家へと運ばれたのだ。

 翌日は朝から細野家の弔問客が訪れていた。私は昨日の件がありとても顔を出し辛かったのだが、隣に住んでいて行かない訳にもいかない。人が途切れるであろう正午を待って外へと出ると、驚いた事に昨日とまるで同じ恰好のミツル君が家の前を駆け足で通り過ぎて行くではないか。

「どこ行くの?」と大声で聞けば、ミツル君は慌てて立ち止まり、「川見に行って来る!」と言う。

 私は息を飲む。昨日と全く同じやりとりだと気付きながらも、私は昨日と同じ言葉で、「やめなさい、氾濫していて危険だから」と返せば、ミツル君はとても困った表情で苦笑いしながら、「ごめんね」と言ったのだ。

 そうしてミツル君は、「でももう行かなきゃ」と振り返ると、もう一回、「言う事聞けなくてごめん」と、駆け出して行ってしまった。

 私はその背に掛ける言葉を見つけ出せないまま立ち尽くしていると、背後から「ありがとうねぇ」と声が聞こえた。

 見ればミツル君の両親がそこにいた。喪服を着た近所の人達も一緒だった。

 きっとそのやりとりで何かを察したのだろう、ミツル君のお母さんは、「昨日もそうやって止めてくれたのねぇ、ありがとうねぇ」と涙声でそう言うのだ。

 礼は言われるものの、私自身にはミツル君を止められなかったと言う後悔しか無い。

 そしてその後、ミツル君が私の前に現れる事は一切無かった。

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