#504 『真似をする者』
臨時の仕事を市役所から委託され、市の施設を使って仕事を始めた。
「誰もいないのに、ジャバラの開閉の音がする」と、その新館での仕事を始めて三日目には、そんな噂がパートさん達の間で囁かれるようになった。
旧館の老朽化で、新しく建てられた新館は、とてもずさんな設計の上で成り立っていた。
果たしてどんな人達に使ってもらいたいのかが、全く読めないほどに適当な造りとなっているのだ。
私達が割り当てられた部屋は、その新館の二階、西側の奥。エレベーターから一番遠い場所にある。元々はリハビリテーション団体がそこに入る予定だったものが、「不便」と言う理由で僅かに数回利用されただけで、以降は誰も使っていない部屋であった。
余裕で百は机が並べられるだろう場所に、僅か十数個の机と椅子。後はひたすら無駄な空間の仕事部屋。緊急で作られたワクチン接種の受け付けコールセンターである。
仕事部屋までは、二階のエレベーターを降りてひたすら暗い廊下を歩かなくてはならない。
節電と言う名目でほとんどの照明が灯っておらず、昼でも不安になるぐらいに暗いのだ。
そして問題のトイレは、その暗い廊下から更に横へと逸れる廊下の奥の突き当たりにあった。
トイレは感応式で、人を検知すると自動で照明が点くようになっている。
トイレ自体はとても広く、奥にも横にも驚くほどの数の個室が並んでいる。しかもどの個室も車椅子で入れるように一つ一つが大きく、しかもドアがジャバラ式の開閉ドアなのだ。
そのドアが、誰もいない筈なのに開閉する音がすると、噂されていた。実際私も体験している。真っ暗で無人だった筈のトイレへと出向き、用を足している最中にどこからかそのジャバラの音が聞こえて来たのだ。
他にはもう一つ、トイレの照明の不思議がある。
そこのトイレは感応式である。従って、入れば勝手に点く。勝手に点いてはくれるのだが、消えるのも自動なのだ。しかも節電目的で消えるのがやたらと早い。便座に腰を下ろしてすぐに電気が消えてしまうので、それを回避する為に、私は身体を左右に揺らしたり手を挙げて振ってみたりをしながら用を足す。実に馬鹿げたシステムである。
ある時、私がトイレに向かうと、既に電気が点いていた事がある。
あれ、誰かいるなとは思ったのだが、入り口付近の個室はどこもドアが開いている。
パートさんであるならば、その奥の個室は使わない筈だ。じゃあ一体誰が? 思いながら一番手前の個室へと入れば、すぐにその斜向かい辺りからジャバラの開閉する音が聞こえて来た。
用を足して外へと出ると、奥の個室のドアが少しだけ開いた状態で閉じており、その中に入っているであろう人が、こちらに背中を向けた状態で手を挙げながら、身体を左右に揺らしているのだ。
部屋へと戻ればそこには全員がいた。ならば一体、先程の人影は誰なのだろう。このフロアには私達以外は誰も使用していないと言うのに。
「多分それ、私達の仕草を真似してるんだよ」と、パートさんの一人がそう言った。
不慮の事故があった訳でもない、建ったばかりの新館のトイレでの出来事である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます