#503 『始発の客』

 クレーム処理の為、終電に乗り遅れてしまったのだ。

 会社の最寄りの駅と言えば悪評の高い無人駅で、そこには券売機すらも置いていない。乗客は発券機から券を引き、乗客する仕組みになっていた。

 今更会社へと戻っても、面倒な解錠の手続きをしなければならない。従って私は、その無人駅のホームのベンチで夜を明かす覚悟をした。

 鞄を枕にごろりと寝転ぶ。やがてホームの照明が落ち、辺りは遠くに見える街灯の明かりしか見えない暗闇となる。

 眠りはすぐにやって来た。とにかく疲れていたのだ。明日の重責を考えれば今寝ておかなければ仕方無く、体裁などもはやどうでも良かった。

 それから何時間が経ったのだろうか。ふと、辺りのざわめきに目を覚ます。顔を上げればその暗闇の中、ホームは人でごった返していた。

 何事だ。思ったが、それを言葉に出すのは、はばかられた。ホームには大勢の客が詰めかけてはいるのだが、誰一人として会話を交わす人がいなかったからだ。

 だが、暗くて見えないものの大勢の人いきれと衣擦れは感じられる。私はもはや身を起こす事も難しいぐらいに人がひしめいている中におり、どうする事も出来ない。

 見ればまだ続々と乗客が押し寄せて来ている姿が、ホームへと降りる階段の上にある。

 一体この人達はどこから来たのだと言う謎しか無い。なにしろこの辺りは民家の少ない工業地帯で、来る人はいてもここから始発を待ってどこかへと向かおうとする人など、ほとんどいない筈なのだから。

 やがて遠くから電車の近付く音が聞こえて来た。だが、その電車自体の姿が見えない。

 音ばかりの電車はブレーキ音を轟かせ、ホームへと停まる。同時に人影がどろりと溶けるようにして消えて行くと、再び無人となったホームから音ばかりの電車が発車し、消えて行った。

 ふぅと、私は溜め息を吐く。そうして身を起こし、「夢だった」と無理矢理結論付け、もう一度ベンチで寝る事に決めたのだ。

 すると今度はどこからか足音が聞こえる。その足音の主は急いで階段を駆け下りて来ると、私の目の前まで来て、はぁはぁと辛そうな息をする。

 女の子だった。暗闇でシルエットしか分からないが、まだ子供の分類だろう幼い姿形の女の子が、息を整え「電車はもう出ましたか?」と私にそう聞いたのだ。

「どの電車かは分からないけど」と前置きし、「さっき、妙な電車がここから出たよ」と告げると、「あぁ……」とその子は肩を落とし、今来た階段を力なく登って行った。

 やがて柵の向こう側から、先程の子だろう号泣が聞こえて来る。よほど口惜しかったのだろう、声は寝静まる街に響き渡り、やがてその声もまた静寂に飲み込まれそうになった頃、頭上で仄暗い照明が瞬いた。

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