#502 『付いて来る少女』

 夫と二人で北陸まで旅行に出掛けた時の事だ。

 高速での運転は夫に任せ、私はその助手席でのんびりと流れ行く景色を眺めていた。

 夫は何事も急ぐ性格ではないので左側車線をゆっくりと走っていたのだが、隣を追い越して行く車を眺めていると、ふとある事に気が付いた。

 何故だろう、追い越して行く車の後部座席には、必ずと言っていい程に白い服を着た女の子が乗っていて、追い越し際にこちらを振り向いて私達の方を睨んで行くのである。

 最初は、偶然の一致だろう程度に考えていた。だがそれは大間違いで、その白い服の女の子は後部座席のある車には必ず乗り込んでいるのだ。

「ねぇ、あなた――」と、運転中の夫に話し掛けると、「あぁ分かってる」と、夫は頷く。

 やがて車は車線を離れ、パーキングエリアの側道へと向かって行った。

「気味が悪かったな」と、夫は缶コーヒーを片手に笑う。その件については他に二言、三言ほどを交わして終了した。私自身も、それ以上にはその話題に触れたくはなかったのだ。

 宿は、海岸沿いの眺めの良い所に取った。お互いにいつも以上に酒が進み、倒れ込むようにして布団に潜り込む。夫の方が先に寝たのか、隣からいびきが聞こえて来る。

 ふと、あの後部座席の少女の事を思い出す。あれは一体、どんな現象なのだろうと思っていると、突然隣に寝ている夫がやけに激しくうなされ出した。

「ねぇちょっと、起きて」私は懸命に夫を揺するが、全くもって起きる気配が無い。どころか声は次第に大きくなって行き、その内には悲鳴に近いうなされ方をし始めた。

 どうしたら良いのだろうと悩んでいると、突然夫が、「母さん」と呟いた。それと同時だった。私の背後にじわりと人の気配が漂ったかと思えば、ぽんと肩を叩いてその横を通り過ぎる人影があった。

 それは確かに、夫の母親である人の後ろ姿だった。生前は私も良くしてもらっていた記憶しかない、とても良い人であった。その人が今まさに私の横を抜け、向かいの壁の暗がりへと向かって行くのだ。

 そこで私は悲鳴を上げそうになる。今の今まで気が付かなかったのだ。その壁の少し手前に座り込むもう一人の人影。それはまさに今日の昼に見た、後部座席の少女の姿だったのだ。

 少女は夫の母の姿に気が付くと、カッと目と口を開いて威嚇の表情をする。だが母はひるまず、両手を挙げてその子に突撃して行くと、そのまま壁に穿たれた漆黒の闇の中へと、少女を連れて消えて行ってしまったのだ。

 夫が目を覚ます。「今、母さんが来ていた」と話す。私はそっと頷いて、「助けてくれたみたい」と、夫に告げた。

 旅行から帰ると同時に、私達は母の墓へと向かった。少なくとも、無事に帰れた知らせぐらいはしておかなくてはと思ったのだ。

 母の墓の真向かいでは、人が集まり納骨の儀式を執り行なっていた。私達はなるべくその方達の邪魔にならないよう墓に線香をあげていたのだが、突然夫が、「おい、見ろよ」と肘を突いて来るので、その方向へと向き直る。

 思わず、悲鳴を上げそうになった。そこに納骨される方なのだろう遺影を年配の男性が手に持っていたのだが、その写真はまさに先日私達を悩ませたあの白い服の少女なのである。

 私と夫はすぐに寺の住職に掛け合い、一連の出来事を話した上で、あの亡くなった少女の事を聞いた。

「交通事故だったらしいのです」と、住職。亡くなったのは三日前で、時間的にも私達が高速道路の上で見たあの時刻と一致していた。

 だが、どうして私達の前に? 疑問は残ったのだが、「霊とはそう言うものです」と言う住職の言葉に、私達は渋々と頷いた。

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