#500 『下見』
筆者が某不動産会社に勤めた時の事である。
その時の募集で採用されたのは、僕を含めた五人の男女だった。
入社初日、何の前振りもなくとある家の見取り図を渡された。さほど大きくもない、二階建ての一軒家である。
車と家の鍵は貸すので、現地まで行って下見をして来いと言う。但し、全員ではなく一人ずつ。現地は見取り図と違う箇所がいくつかあるので、しっかりと内見をしてそれを調べて来いと言うのである。
一人目は、二十代の女の子だった。出て行って三十分もしない内、彼女は泣きじゃくりながら帰って来た。だがその理由は全く語らない。
次は三十代の男性であったが、こっちはもっと早く、僅か二十分で帰って来た。聞けば怒られるのを覚悟して、中には入らず帰って来たのだと言う。
三人目の中年女性が出て行った後、先程の男性が、「ありゃあ曰く付き物件ですよ」と教えてくれた。すると最初に向かった女性もまた、「あんな怖い思いをしたのは初めてです」と話に参加して来た。
何でも彼女、入ってすぐに人の囁き声が聞こえ、「誰かいるんですか?」と中に入って行った所、開けっぱなしのドアの向こうに、今まさに通り過ぎて消えて行く人の足が見えたらしい。
三人目の女性が蒼白な顔で戻って来ると、四人目の僕は家と車の鍵を受け取り、一旦自宅へと戻った。そうして数珠とお守りのペンダントと粗塩を持ち、現地へと向かう。
家の前まで来て分かる、少しでも何かを感じられる程度の人ならば、到底この中には踏み込めないなと。
僕はまず、玄関を開けて塩を振った。廊下の隅々まで行き渡らせるように、薄く細かく滑らせたのだが、“気配”が消えたのは僅か一瞬の事で、次の瞬間にはまたどんよりと重い何かの“気配”が満ちていた。
さっさと終わらせようと、一階の各部屋を見て回る。誰もいない筈なのに、どこからか“トントントン”と音がする。僕はくまなく見て回るのだが、見取り図と違う点は見付からない。
ここまで意地悪な下見をさせるのだから、普通には見付けられないなと思い、一階の和室の押し入れを開けると、それが見付かった。押し入れの床部分がそっくりと無くなっており、その下の土の地面が丸見えになっていたのだ。
次に、一階の奥にある階段へと向かう。同時に、さっきまで聞こえていた“トントントン”と言う音が消える。おそらくだが、音はこの上からだと感じられた。
二階は寝室らしき部屋が二つあるだけ。そこで僕はまた間違いを一つ見付けた。何故か部屋の奥には階段があり、更に三階へと向かえるようになっていたのだ。
おそらく見取り図と違うのはこれで全部だと確信出来たのだが、なんとなく気になって三階を覗いてみたくなった。
大工の技ではないだろう、素人工作のような階段を上り、そっと顔だけを階上に出してみる。そこはどうやら屋根裏部屋のようで、大きな梁の下にパイプ椅子が転がっているだけだった。
悪趣味だなと思いながら降りて行き、部屋を出ようとしたその瞬間だった。またしても“トントントン”と音がする。しかもそれは僕の背後からだ。
慌てて振り返ると、それは見えた。階上から覗く上の方に、白いスカートを履いた女性の下半身だけが見え、それが階段の途中で足踏みをしていたのである。
会社へと戻る。五人目の女性も泣きながら帰って来た。
彼女の場合は特に何も無かったそうなのだが、帰る間際に玄関へと向かうと、そこには自分の靴の横にもう一足、女性用のパンプスが置かれてあったそうだ。
翌日、女性三人は会社に来なかった。どうやら初日のあれは、適正を確かめる為のテストだったらしい。
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